何か騒がしい?
思いついたことを時間をかけて書いていたので、話がまとまっているか…
登場人物は主人公(10歳)とその護衛騎士(29歳)
ふと、集中力が途切れる。
周囲の音さえ気にせず、大好きな読書に没頭する私の意識が完全に別のものへとすり替わってしまった。
読みかけていた本に栞を挟み、図書室の入口へ視線を向ける。そこには置物のように直立不動で立つ金髪の男性が私を見守っている。凝視するのではなく、気配で私の動きを感知できるように全神経を研ぎ澄まさせて。
人の視線に敏感な私の為の配慮。それが時折腹立たしく思う。思うだけで本音を相手に告げることはありません。顔合わせのときに散々注意しましたし、そのことを忠実に守って下さるなら、別段問題はありませんので。
明り取りの窓辺から立ち上がり、入口に向けて歩みを進める。足元に置かれた本をスイスイ避けられるのは、その本を床に置いたのが私だから。
(後で片付けましょう)
部屋の隅でこちらを窺う図書役人――司書に声をかけ、後で片付ける旨を伝える。
司書は焦った表情で、
「私の方で片付けておきますので、続きをお読みになる本がありましたらお申しつけ下さい」
「…そうですか。ではお願い致します」
私の返答に安堵した司書は、指差した本以外をせっせと棚に戻していった。もしかして散らかしていたことを、気にかけていたのでしょうか?
時間があれば大好きな図書室に何時間も引きこもってしまう自覚はあります。
貴族のマナー講義の時間ほど私にとって退屈なものはありません。ストレス発散の意味も含め、本の中の世界観を楽しんでしまうのは仕方がないこと。
図書室の扉のノブに手を差し伸べたとき、右手側から気配もなく、私よりも大きな手がノブを回す。
カチャリと静かに扉が開く。
気配がないことに驚いていたのは何年前だったでしょう?
ちらりと右側へ視線を向けると高身長の美形が無表情に立っている。置物のように立っていた位置からは反対の扉。正面ではなく、司書たちがよく使用する裏道に続く扉の前へ男は静かに移動していた。
(何故、裏道に続く扉の前にいるのですか?!)
少し長めの金髪を後ろに撫でつけ、翡翠の瞳で私を見つめる近衛所属の騎士。深緑の軍服を襟元まできっちり留め、腰には王から下賜されたと噂の名剣を下げている。
勤務時間内ではあるが近衛専用の武具を身に着けず、防御魔法が施されたマントと一振りの剣。
重々しい防具を身に着けていないのは、私がそうお願いしたから。
―――――お願いという名の命令。
『私の専属護衛騎士となるのなら、重装備で傍にいてほしくありません』
と、父王によって紹介された騎士へ最初にかけた言葉。
私よりも19歳年上の護衛騎士は、私の我儘に嫌な顔ひとつ浮かべず「少しお時間を頂戴致します」と言葉を残し、部屋を出て行った。数分で身に着けていた防具を外し、再度現れたときは内心で驚いたもの。
父王から彼が近衛所属の騎士だと聞かされている。その彼が王を守るための甲冑を、王女の我儘ひとつで簡単に脱ぐとは思いもしませんでした。
下手をすれば不敬罪に相当する行為をやってのけた本人は至って普通の表情。
周囲の者が逆に青褪めたほど、普段と変わらない態度だったと、後から別の近衛騎士に教えられた。(それと一緒に王に忠誠を誓っていない変わり者の近衛騎士と判明。そのことで陛下からのお咎めもナシと聞く)
(死にたいのかしら?)
彼と仲が良い騎士の言葉を聞いて、一番に頭に浮かんだ言葉。
私専属の護衛騎士を真正面から観察して分かったことは、翡翠の瞳に一切光が宿っていないということ。
だけど、表情はクルクル変わる。見た目は無表情なのだけど、雰囲気が…と説明しても分かるかしら? 親しい者にしか分からない程度の変化らしいのですが、何故初対面の私には理解できたのでしょう? 今も不思議です。
死んだ魚のような瞳の美形が、10歳の王女に振り回されるのを楽しんでいるさまは、遠目から見れば異質に見えるでしょう。
現に私と彼のやり取りを聞いていた侍女が短い悲鳴を上げ、手に持っていた茶器を取り落したほどです。
そんなに驚くことではないと思います。
王族が使用する茶器だったようで、悲鳴を上げた侍女は今度は別種の悲鳴を上げていましたが、そこは私が収めました。侍女に罪はありません。
生気のない瞳で微笑む美形騎士の不気味さは、私がよく理解していますので。
必要ありません。と父王の前で宣言したにも関わらず、強引に私の護衛騎士となった男性――ジュークは今日も私の数歩後ろを付いて来る。
2m近い高身長から見下ろされる威圧感を背後にビシビシ感じながらも、私は朝から気になって仕方がない場所へ歩を進めた。
朝というより数日前からかしら?
私の住まう別棟まで届く喧騒。喧嘩をしている訳ではないことは充分理解している。王宮内での喧嘩は御法度。もし怒りが治まらない場合は、騎士団長以下の幹部数名の前で、決闘で決着をつけるらしい。
一度も見たことがありません。喧嘩に勃発しそうな団員は団長からの全力拳骨を受けているのを目撃したぐらいです。
ゴッ。と……人の頭を殴打したには強烈な音がしてました。忘れましょう。
私が思った感想と言えば――男性は何事にも力関係で勝敗を決める種族なのかしら?
私に害が及ばなければ、何をされても構いません。興味を示した所で、末姫である私には関係のないことです。
「ヴァーベナ様。どこに向かわれているのか伺ってもよろしいでしょうか?」
図書室から出て暫くしてジュークが声をかけてきました。
何も告げず、スタスタと前を歩く私の行く先に疑問を持ったようです。ジュークのことだから私の行先は把握していそうなもの。
初めて会ったときから私の好み等、個人情報をすべて把握されていたので、行先も把握しているのかと思っていましたがそうでもないようですね。少し安堵します。人らしさが残っていて。
部屋を出た瞬間に問いかければよいものを、何故かジュークは私の好きなように行動をさせる。別棟に何不自由なく生活している深層の姫君と国民に思われているようですが、王宮内での私の立ち位置は微妙なもの。軽い軟禁状態。
別棟と言う名の牢獄に、父王の配下の監視の下で生活する私を不憫に思っているのでしょう。でなければ、近衛と呼ぶには微妙な……国を守る騎士が私情で行動するなど聞いたことがありません。
そう思わないとやっていけないのよ!
私の行先を理解しているようで、何も言わずに付いて来ることがほとんど。ですが、稀に思いもよらない場所へ私が足を運ぶ際は、必ずと言っていいほど問いかけてくる。行先を反対されたことはありませんけどね。侍女のようにベッタリ私の背後に付き従っていますもの。
護衛でもここまで近いもの? と疑うほどの近さ! 振り向いたとき暗過ぎて「もう夕暮れですか?」と訊ねたほどの距離だった。暗闇の正体はジュークの胸元でしたけど!
何も訊かずに付いて来て下されば結構なのですが……付いて来られる方が面倒ですね! 見張られているようで、自由がありません!
「ヴァーベナ様」
「………」
私は何も聞いてません! 聞こえてません!
「………ヴァーベナ様」
「演習場です!」
弱々しい彼の呟きに絆された訳ではありません! 私が答えるまで、ジュークは鬱陶しいほど訊ねてくることは経験済みです! それなら早めに知らせた方が、私の精神面に影響がさほど及びません!
私の返答に満足したのか、それとも反応があったことに喜んでいるのか(確実に後者だと思います…)後方を歩いていたはずのジュークがいつの間にか私の前に立っていた。見上げると……広い背中しか見えません。
ちなみに横も完全にジュークに塞がれ、視界全部がジュークの背中とは……どれだけ近くにいるのですか?! ご前を失礼します。と言う前に、背中にベッタリ私をくっ付けないと気がすまないのですか?! この勢いでは背負われそうですね。横抱きは認めません!
「ご案内致します」
案内されずとも自分の住まう城で迷子になることはありません! 迷路のような造りであっても、何故か私は一度として王宮で迷ったことがない。(これ結構自慢だったりするんですよね)
まぁ、演習場は騎士の鍛錬場なだけあって、近道もよくご存じですものね。ジュークが使用する近道を覚えるのも楽しいのではなくて。
*****
(…正規の道で来ました!)
騎士たちが使用する近道を通るものだと思いこんでいた私の予想を裏切って、ジュークは正規の道で演習場を案内してくれた。しかも私の歩調に合わせてゆっくりと! コレが問題なんです! 正規の道なのも問題ですが!
普通の令嬢より歩くのが早い私にとって、ジュークの歩調は亀に等しいもの。私の歩調を理解しているはずの彼が、それよりも遅く歩く行為が腹立たしい。怒りも顕わにキッと斜め上にジュークを睨み付ければ、
「着きました」
極上の微笑みで返されました―――! 何故、私が敗北を感じるのですか?!
王城より西に外れた広大な敷地内に、騎士たちの住まう堅牢な建物と演習場がある。演習場は有事の際、騎士たちの集合場所とされており、そこへ行けば数日前から疑問に思っていたことが解消されると思い赴いてみましたが――…
「なんですかっ!? この状況は!」
ジュークの案内で普段よりも遅く(←ココが重要です!)到着した演習場で目にしたのは、全身甲冑に覆われた騎士数百人の姿。
これ以上の倍の人数は別の場所に集合しているはず。王城内に入れる騎士は貴族か能力を認められ王宮付き騎士に成り上がった庶民のみ。いわば騎士の中でもトップに入る彼らが数百人も集まっていることが問題なのです。
武器用の倉庫からは大量の武器を出し、馬に繋いだ馬車に次々と運びこんでいる。
誰がどこの所属かを示すマントが多数風に靡く。目の前の現状に私は目を見開いてしまう。どう見ても今から戦に行くようなもの。
ちなみに近衛騎士団長は国王の色である紺のマント。王太子付き近衛騎士は白のマントと分かりやすく色分けされています。私の近衛騎士はいませんので、深緑のマントはおろか、軍服も演習場内には一人としていません。私の背後で無言で(極上の微笑みを私に向けて)佇むジューク以外………
「今から戦でもあるのですか?!」
「そのことで国王陛下よりご説明があります」
なんでも十数分前に陛下の使いが図書室に来ていたようで、私が読書に夢中だったためジュークが対応してくれたようなのですが――…
「ヴァーベナ様の読書の時間を邪魔したくありません」
陛下の呼び出しより優先される私って一体!!
本気で悩みます! ジュークは陛下より借りた只の護衛騎士。陛下へ忠誠を誓っていないとはいえ近衛所属の騎士! 私を優先させるのではなく、主である陛下の言葉を優先させるべきなのです!
……頭が痛くなってきた。
ジュークの優先順位の付け方で、頭を悩ませるのは今に始まったものではありません。
王太子が来室したときも、第一王女の使いがお茶会の参加状を持って来たときも等々、上げるのもキリがないほど! 何度注意しても「私はヴァーベナ様の忠実なる騎士です」で終わり。
しかも極上の微笑みを浮かべて私の右手の甲に唇を落とす。
19歳も年下な有力な後継人もいない第二王女を口説いて何が楽しいのでしょうか? 謎です。
と、過去の記憶を思い出しても仕方がありません。もう一度(心の中で)叫ばせて頂きます。
あなたの主人は国王陛下です!! 忠誠を誓っていなくても、近衛騎士なら一番に守らなければならない相手です!!
とと、悩んでいる暇はありません! 急ぎ陛下の許へ行かなければ!
踵を返し、急ぎ足で城内を目指す私の横を、余裕で追いつき少し前を歩く男性に怒りを覚えても仕方がないことです!