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【LUNA】  作者: 冬月 真人
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【遺言との会話】


オヤジが死んだのは、俺がまだ生まれたばかりの赤ん坊だった頃。

進行の早いガンで、発見された時は既に末期だった。

余命3ヶ月。

気が狂いそうに泣き喚くオフクロの横で、オヤジは俺を抱いて笑っていたらしい。

笑いながら「これで死ぬ直前まで趣味と家族に没頭出来るさ」とうそぶいていたそうだ。

そしてそれは本当に実行された。

オヤジは病院から会社に直行すると診断書を提出して退職。

それからは毎日毎日俺のミルク作りやオムツの交換、抱っこにガラガラや、いないいないバァまで飽きることなくやっていた。

オフクロはそんなオヤジの話を何度も聞かせてくれたが俺は全く覚えていない。

まあ、当然だ。

そして俺が昼寝をするとオヤジは趣味のアマチュア無線を始める。

部屋からはいつも「CQ、CQ」とオヤジの声が漏れていたそうだ。


余命宣告から2週間。

オヤジは「まだ動けるうちに」と最初で最後の家族旅行を計画してそれを実行。

場所はオヤジ達が新婚旅行で行った熱海。

『次は家族で』と言った約束を果たしたかったそうだ。

まだ俺の記憶の無い時期。

熱海で良かったとつくづく思う。

これがハワイとかだったら勿体なくて悔しい思いを俺はしただろう。

それはさて置き、オヤジはここでオフクロに遺言を託したそうだ。


奇妙な遺言。

オフクロがそれを俺に話したのは、俺がハタチになる3日前。

それもオヤジの遺言のひとつだった。


『俺が死んだ後、良い縁があれば俺に遠慮なく再婚しなさい。ただ、俺が遺すあの家には住み続けること。無線とアンテナはそのままにして電源は決して落とさないこと。そして拓也のハタチの誕生日には拓也と一緒に無線機の前で過ごしてくれ』


全く意味不明だった。

第一、あのアンテナはアマチュア無線のアンテナとはかけ離れた形をしている。

実際オヤジの死後、一度だって電波を受信した事が無かった。


俺は今、無線機の前に座っている。

オフクロと一緒に無線機の前に座るハタチの誕生日。

これはなかなかシュールな光景だ。

オシロスコープの明かりが夕陽の翳る部屋を仄かに照らしていた。

「そう言えばね」

オフクロはオヤジが死んだ時の不思議な話を教えてくれた。

「お父さんが亡くなる前の夜。雨の晩だったわ。茶碗を洗っていたら外が明るく光ったの。真昼のように一瞬光って、テレビが勝手に点いたのよ。その時ね『もうお父さんが旅立ったんだ』と思って泣きながら寝室に走ったらお父さんがパジャマに着替えてる所だったのよね」

「なんだよそれ」

俺が笑うとオフクロも笑いながら話を続けた。

「私も安心して笑ったのよ。そして『今不思議な事があってお父さん死んじゃったんだと思って走って来た』って言ったらお父さんは何度も頷いて満足気に笑っていたの」

「で、その翌日に亡くなった」

「そう。何の不思議な現象も起こさずに」

オフクロはそう言ってまた笑った。


オフクロは結局再婚はしないで俺を育てた。

家のローンは無いし、結構良い保険にも入っていたからパートに出るだけで金には困らなかったらしい。

それでも女手ひとつ。

乳呑み子抱えての暮らしの苦労は想像に難くない。

もしかしたらオヤジは親の手の離れたハタチの俺を家に戻してオフクロと過ごす時間を持たせたかったのかもしれない。

就職や進学で家を離れているだろうと見越して。

そうか、きっとオフクロに感謝を伝えろってオヤジは言いたいんだな。

俺は写真でしか知らないオヤジを頭に思い浮かべた。

「母さん」

俺がそう言った瞬間、無線のスピーカーに雑音が入った。

オシロスコープには乱れた波形が浮かんでいる。

俺たちは顔を見合わせて無線機に近付いた。

何か聞こえる。

人の声のようだ。

そう思った俺の隣で嗚咽が漏れた。

驚いて振り向くとオフクロが泣きながら座り込んだ。

そして「お父さん」と振り絞るよう言った。

「えっ!?」

俺はまた無線を見た。

ボリュームと雑音を絞るスケルチのツマミを回した。

【母さん、和也、久しぶりだな】

(これがオヤジ?)

【これは10光年離れた星に電波を反射させて戻って来た私の声だ】

20世紀前半に米軍が月に電波を反射させて受信する実験に成功して以来、上級ライセンスのアマチュア無線家はそうした交信をすると聞いていたが、そんなに離れた天体に電波を発信させた話なんて聞いた事が無かった。

第一、減衰してしまって届く訳が無い。

俺の中でオフクロの話と不思議なアンテナが繋がった。

でも、考えるのは後だ。

今はオヤジが作った奇跡を聞き漏らしたくは無い。

俺は無線のスピーカーに意識を集中してオヤジの言葉を待った。


【和也が大人になったら一緒に酒を飲んだり、孫を抱いたりするものだと思っていたんだがどうにも父さんには時間が残っていなかった。きっと和也の記憶にも残っていないだろうな。そう思った時に父さんは『生きたい』と思った。生命いのちは尽きるがせめて和也の記憶の中に生きようと思った。だから録音ではなくこうして私を残そうと考えたんだ】

初めて聞いたオヤジの声に熱いものが込み上げてくるが、泣くのは今じゃない。

俺は堪えて雑音が混じる声を必死に聞いた。

【和也、立派に育ってくれてありがとう。母さんが育てたんだ。見なくても和也が真っ直ぐに育ってくれた事は分かるさ。母さん、いや、優佳。ありがとう。そしてお疲れ様。短かったが良い人生だったよ。全部優佳のおかげだ。これから掛ける苦労が心残りで済まなく思うが、優佳になら全て託して安心して逝けるよ。優佳、オマエで良かった】

聞き取れたのはここまでで限界だった。

最後は雑音に埋もれるように消え、その雑音すらも途切れて部屋には静寂だけが残った。


雨のあの夜をオヤジは待っていた。

正確には雷を。

避雷針に雷を呼び込み、その瞬間的な膨大なエネルギーで電波を発信。

あのアンテナは指向性アンテナで、予め見つけていた往復20年の距離にある天体に向けてあったんだ。

不思議な出来事も電磁波のせいだろう。


あの夜、真昼のように光りテレビを点けた電磁の輝きは20光年の旅の終わりに俺とオフクロの心にも灯りを点けてくれたようだ。

「ありがとう、父さん」

俺は話し終えた無線機にそう言った。










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