灰村家の喧嘩
「いい加減にしろ!」
とある日曜日の朝、清次の怒号が響いた。
「は?何が?」
「何が?じゃねーよ。このど阿呆が!」
「だから、何が!?」
「本!持っていったら!しまえ!何回いわすんじゃボケ!」
「あぁ、そんな怒らなくても良いじゃん。」
「はぁ?」
「良いじゃん、同じ家の中に有るんだから。」
「いや、おかしいだろ。人の本をそんな扱いすんなよ。」
「大体、細かいことに拘りすぎなんだって。帯を外すな、だとか、伏せて置くな、だとか。禿げるよ?」
「てめえが禿げろ。ってか、謝罪くらいしろ。」
「やなこった。俺悪くないし。」
「悪くない、だ?人の物を雑に扱っといてなに言ってやがる。」
「だから大した事じゃないでしょ!」
「その考え方がおかしいって言ってんだよ、何で分かんねぇんだよ、馬鹿じゃねぇの?」
「もういいよ、悪かった悪かった。はい、これでいい?」
「逆にそれで許されると思ってんの?思ってるならそれで良いけど。」
「ん?あぁ、これっぽっちも思ってない。寧ろ許されなくても良いとすら思ってるから。」
「あぁそう。じゃあ、許さねえ。今後、俺の物に触れたら蹴り倒すから。」
「いいよ。お前のなんか触りたくもないし。」
「そうかい。じゃあ、絶対触れんなよ。」
・・・・・・
「……ということが有ったんだ。」
「うん、まぁ、なんつーか……あれだ、お前んとこの兄弟は本当に仲良いな。」
「あぁ?岩田、お前人の話を聞いてたか?」
「聞いてたよ。聞いた上での素直な感想だよ。どこの年頃の兄弟が、そんなしょーもない喧嘩すんだよ、えぇ?」
「灰村家の兄弟がするし、この喧嘩はしょーもなくない。大きなテーマだ。」
「うむ、本は大切にしなくてはなるまい。」
「勝手に入ってくんな阿野芭香。」
「だからそんな名前ではないと何度言わせる。私の名前は白木……」
「んなこたぁ置いといて、だ。」
「んなこととは、あんまりではないか!」
「俺らに話したってどうにもならんと思うぜ?全員一人っ子だからな。」
「そうかい。そりゃ残念。」
「ま、お前の目的が何かは知らねぇけどよ。お前に非がないって言ったら嘘になるぜ。」
「それは……。」
分かっているつもりだ。俺に非があるということ位は分かっている。だけどそれを了承したくなかった。兄弟喧嘩なんてそんなものだ。
「ま、お前が兄として正しいと思うことをすりゃいいんじゃねーの?」
「おう。考えとくさ。」
・・・・・・
「……ということが有ったんだ。」
「ふーん。この上なくふーん。」
「うん、それ心から興味ないときの「ふーん。」だよね。一応友達の話なんだし興味のあるフリだけでもしてあげよ?」
「……古田の言葉も大概じゃね?」
「いや、だってしょーもないし。」
「え、何?古田も黒田も。俺ら友達じゃなかったの?」
「「友達であることに違いはないがこの件に関しては9割方お前が悪い!」」
何故かは知らないがハモりで怒られた。
「いや、勿論俺にも非はある。その非が9割だというのも受け止めよう。」
「うん、じゃあ、解決じゃん。」
「いや待て。だけどね、そもそも本を返さないだけであの言い方はないと思うわけよ。だから……こう、売り言葉に買い言葉的な、ね。」
「うん、あんたそれ意味分かって使ってんの?だとしてもその理屈はおかしい。」
「……やっぱり?」
「ああ、俺もおかしいと思うぜ?帰宅部で甲子園並みに。」
「あ、それ何だか懐かしい。」
「……まぁ、どれくらいおかしいかは置いといて。何にしても9割方あんたがおかしいのは揺るがないんだからさ。やることは……わかるわね?」
「分からん。」
「黒田、鉄板と火の準備しといて。私はこいつに土下座させるから。」
「任せとけ!親戚に金属業者がいるんだ!」
「いや待て!古田がボケてどうする!そして黒田ものるな!」
「じゃあ、もう一度聞くね?やることは……わかるわね?」
「分からないでもない。……ことはない。」
「黒田、死刑台の準備ってできる?」
「任せろぃ!親戚に拘置所の職員がいるんだ!」
「悪かった!で、黒田の親戚の仕事いろんなのがいるな!」
死ぬくらいなら謝罪位大したことないわな。
・・・・・・
「ただいま。」
亮は「後にすると面倒だから帰ったらその足で謝罪してやろう」と思いそのまま清次の部屋に行った。
「ねぇ、兄さん。昨日は悪かっ……。」
亮 は 謝罪 をした。 しかし 部屋 は無人 だった。
「って、居ないのかよ!!」
部活があるのを忘れていた。
・・・・・・
「で?なんじゃこりゃ?」
清次が自室に戻るとそこには堂々と本を片手に眠っている彼の弟がいた。
「おい。起きろ、このやろう。人の部屋で何してやがる。」
「……ん、、あぁごめん。待ってる間に寝ちゃってた。」
「そうか。何でもいいけどお前が寝ながら持ってたそれは昨日触りたくもないって言ってた俺の本じゃねーのか?え?」
「まぁまぁ、良いじゃん良いじゃん。許してやるってのも優しさだよ。」
「はぁ?……まぁ、いいけどよ。……間違っても許してもらう側の言葉じゃあないな。」
「じゃあ、そういうことで。確かに許してもらったよ。」
「なんだその何かイラっとくる言葉は!?」
これが灰村家の兄弟喧嘩である。特に大事にもならず気がついたら元に戻っている。
つまり、灰村家において兄弟喧嘩なんて喧しさの1つでしかない。