灰村達の合同合宿一日目
2015年7月18日 長野県湯田
「さぁ!着いたよ!信州、信濃国、蕎麦・林檎県こと、長野県!」
必要以上に元気よく萬田さんが声高らかに叫ぶ。というか、
「うるさい。」
「……長い。」
「なんというか、ややこしいね。」
「……皆テンション低いなぁ。」
うっせ、長時間のバス移動で疲れてるんだよ。
「そんなんじゃダメだよ?ほら、中学生組を見習わないと!」
「おぉ!さすが温泉街!そこら中に足湯があるぜ!あと、さっき売店に飲み湯があった。」
「うん、少し落ち着きなさい。あとシレッと一人で売店に行ってるのよ!」
「ねぇ、この辺り湯田中さん多くない?」
「イヤ、人名じゃなくて地名だからね。……ボケよね?まさかガチで言ってないわよね!?」
「テンション高いなぁ。」
あと、古田さんが大変そうだな。よし。
「古田さん!」
「どうしました?お兄さん。」
「この合宿中、俺はツッコミの仕事を休む。だから、高校生組含め後は任せた。」
「お兄さん。」
「ん?」
「……仕事してください。私が過労死します。」
彼女の目には逆らえない圧力があった。
・・・・・・
「取り敢えず、荷物は208に置いておくとしてその後、君らの部屋に集合するから。」とはホテルに着いた直後の萬田さんの言である。ちなみに、部屋は男子208女子201という分け方だ。……そして、俺たちが部屋に着いてから既に20分が経過している。
「……遅くね?」
「まぁね。大方、萬田さんが“わちゃわちゃ”やって邪魔しているんだろうさ。」
「お前……そりゃ偏見もいい所だろ。萬田さんに失礼だ。」
「じゃあ、竹内さんや、古田さん?だっけ?が無駄に人の足を引っ張ってる所が想像できるかい?」
「……無いな。」
むしろ、二人が早々に準備なり荷物片付けなりした上で、萬田さんを手伝ってるのに萬田さんは“わちゃわちゃ”やってるのは想像できる。
「スマン。アイツには失うだけの礼が最初から無かったワ。」
「でっしゃろ?」
その瞬間、部屋(和室)の戸がスパーンと開け放たれた。
「イヤイヤイヤ!その発言自体が失礼でしょ!」
見ると萬田さんが怒り半分驚き半分という具合の顔をして立っていた。
「あら、来たの?」
「『来たの?』じゃないよ!?そりゃ来るよ!私が集合を指示したんだから!ってか、そうじゃなくて……!私に『失うだけの礼もない』ってどういう意味!?」
「本来、親しき仲にもあるハズの礼もないって事じゃないかな。」
「……でも……言ってたことは……大体において……合ってた。」
やや疲れた表情の、竹内さんと古田さんが姿を見せる。
「お兄さん……。よく萬田先輩《こんな人》を御せますね……。」
「おう。あと2,3日同室で頑張れよ。」
「……控えめに言って死ねって感じですね。」
疲れた笑顔で何を言い放っているんだこの子は。
・・・・・・
「で?ワザワザこの狭い部屋に7人も集合させた理由は?」
「そりゃあ、一応部活の合宿で来てるんだし……、これだよ。」
言いながら萬田さんは、手牌を倒すジェスチャーをして見せる。
「あぁ。なるほどな。で?牌はどこにある?俺ぁ持って来てねぇぞ。」
言うと、萬田さんは「フッフッフ」と気持ちの悪……怪しい笑いを見せた。
「この宿を手配したのは私だよ?何でこんなアメニティにタオルも歯ブラシも付いてない宿にしたと思ってるの?それは、ここの一階には」
「は!?イヤちょっと待て!ここ、アメニティ無ぇの!?」
「え?無いよ。」
「……先に言えよっっ!」
俺、タオル類持って来てねぇぞ。
「イヤ~、言ったら“ここの一階に自由に使える雀卓があるって”ヒントになっちゃうじゃん。」
「別にいいだろ!誰がソコにサプライズを求めてるんだよ!しかも、その程度じゃ何も思わねぇよ。」
大体、こんなガバガバ設備じゃ他の5(-亮で4)人も困って……
「なさそうだな。」
「ん?何がだい?」
「イヤ、こんなザル設備を知らされたワリには、平気そうだなと思って。」
「あぁ。俺は元々、ホテルや宿なんかのアメニティが好きじゃなくてね。石鹸類から剃刀まで、必要な物は全て家から持ってくる事にしているんだよ。」
「なるほど、ね。」
じゃあ、古田さんは大丈夫なのかね?視線を向けると、古田さんは答えた。
「あ、私ですか?私も似たようなモンですね。基本的に全部家から持ってきてます。」
ほーん、皆エライねぇ。竹内さんもそうなのだろうか?
「なぁ、竹内さんはどう……」
「…………絶許。」
なんというか……エッライ絶望的な表情で竹内さんは呟いた。なんだ良かった。仲間がいた。とても安心。
「黒田クンは?」
「あれ?そう言えば黒田が居ませんね。」
「ってか、よく見たら亮も居ねぇな。」
あの阿呆阿呆コンビ、どこに行きやがった?
「古田さん、知らないよね?」
「ハイ。宿に着いてからは基本的に萬田先輩の相手をしていたので。」
「ねぇ、今シレッと阿呆って呼んだ?」
「萬田さん、ちょっと黙って。」
しかし、あの二人ねぇ……。俺は思わず古田さんと目を合わせて呟いた
「「面倒になってなきゃ良いなぁ!」」
あの二人が心配される事はなかった。