灰村達の騒がしい年末年始
12月30日 メール
『明日、いつも貴方の行くゲームセンターで会いましょう?』
『……りょーかい。』
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本日は、馬を追い出して羊を迎えようと慌ただしい12月31日、詰まるところ大晦日だ。
「寒っ……。」
人々は、2014年の最後を誰と迎えるのか、あれこれ思案していることだろう。それは、家族かもしれないし、友人かもしれない。一族郎党と共に祖父母の家に集まっていることもあるだろう。或いはそう、見目麗しき恋人と過ごす者さえいるかもしれない。
「チッ……少し早く着きすぎたか?ま、いいや。」
1年の締め括りである今日、灰村清次はとあるゲーセンの前で人を待っていた。
「そろそろ来ると思うんだけどな……。あっ!来た来た!」
「お待たせ!」
「……本当にな。」
「いやいや、ソコは嘘でも待ってないって言って欲しかったなぁ、と。」
「何でお前とそんな事しなきゃなんねーんだよ!」
「いやいや、オレとお前の仲じゃねーか!」
「キモいわっ!!」
無論、読者諸賢のご想像通り、清次が待っていたのは、見目麗しき恋人などではなく筒井その人であるのだが。
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「ったく、何で1年の最後に会う他人がお前なんだよ!?」
「あぁ、それは俺も思うね。せめて、萬田さんなら良かったんだけどね。仮にも、一応、あれでも、女子だから。」
「……俺の記憶だと、遊びに誘ってきたのはお前だけどな。後ついでに言うと、萬田さんに失礼だろ。一応、女子だぞ。」
あくまで一応だけどな。竹内さんならともかく。
「まぁまぁ、良いじゃないか。それで、どうする?カラオケでも行くかい?」
「男二人でカラオケねぇ……。悪くはねぇんだけど取りあえずカラオケボックスの開店時間は11時だしなぁ。」
軽く見積もってもあと2時間あった。
「んじゃ、折角だから……MKで打つか?」
「良いね。……っと、二人じゃ面子が足りないな。どうする?竹内さんも萬田さんも帰省中だぜ?」
「あー……まぁ、CPU入れればいいっしょ。」
「CPU、ねぇ……。」
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「勝てるか!」
「ゲーセンで叫ぶのはやめた方が良いと思うよ?いい迷惑だ。」
「……当たり牌を完璧に押さえてるのに……カンチャン待ちのラス牌を一発ツモとかッ……理不尽過ぎんだろっ……!」
「いや、無いことはないと思うが……まぁ、CPUに出るとイラッと来るんだろうね。……というか、以前、萬田さんとそんな話をしてなかったかい?」
「もう何でもいいわ。……メダルゲームでもやろうぜ。まだカラオケ開くまで小1時間ほどあるし。」
「あぁ、構わないよ。……まぁ、そんな不ヅキの流れでゲームをしたらどうなるか知れないがね。」
なんとも不吉なことを言われた気がしてならない。
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俺はこの日ほど勝負の“ツキ”というものを意識したことはなかった。500円分のメダル・250枚を俺はものの30分で溶かしたからだ。
「おーい……筒井。今、どんなモンっすか……?」
「ん?調子は上々、って所かな。最初にJPが600枚入ってね。まぁこんなもの、さ。」
筒井は俺と違い、明らかに元の枚数よりプラスにしていた。というか、2倍近く増やしてんじゃないか?
「ところで、君はどうなんだい?」
「……ぜーんぶ、溶けて消えたよ。」
「ふっ、だろうね。」
なんだろう。いつも通りの筒井のキザったらしい話し方が今は、すっごい腹立たしい。
「それはそれとして、だ。」
「あんだよ?」
こちとらお前と違って暇で仕方ねぇんだけど?
「君が来てから、ずっと続いていた当たりが全く入らなくなったんだが、一体どんな呪いだろうね?君の不運は伝染するのかい?」
「知らねーよ!!」
離れておいてやろう。ただの偶然に際して、酷い言いがかりをつけられかねないしな。
「お、あいつが離れたらまたJPが入った。」
ただの偶然だよ……な。
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「さて、そろそろ行こうぜ。」
「そうだね。ちょっと待っててくれ。メダルを預けてくる。」
「はいよ。」
結局、三倍ちょっとまで筒井は増やしていた。というか、あいつこのまま続けてたらどうなったんだろうか?少し、気になるな。
「オーケー、それじゃ行こうか。」
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読者諸賢の身の回りにも絶望的に歌の下手な人間というのはいることだと思う。確かに俺だって歌が上手い訳じゃあ決してない。しかし、この筒井という男に比べればよっぽどマシだといえる。
「lalala~♪」
「筒井、一つ聞いていいか?」
「なんだい?間奏の合間に答えられるなら、構わないよ。」
「その歌知ってて入れてるのか?」
「勿論だよ。知らない歌をカラオケで入れるほど阿呆じゃないつもりだがね?」
「じゃあ、認識を改めろ。お前はそれほどの阿呆だ。」
「……実は知らねえっす。」
「だよな!?寧ろ何で一回見栄張ったんだよ!」
「いやぁ。実はオレ、あんまり歌に興味が無いんだよねぇ。」
「じゃあ、何でカラオケに誘ったんだよ……。」
せっかくフリータイムで部屋を取ったのに僅か二時間で出ることになった。
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同日 22時
いよいよ、あと数時間で年が明けようとしている……というのに何故落ち着けないのだろうか?日本の年明けっていうのはもっと、こう、落ち着きとか、静けさだとか、和だとか、そういうものの中にあるんじゃあないのかい?え?亮よ。
「あ~……なんか、スンマセン。」
「いや、君は良いんだよ。……うん、君は悪くない。……黒田さんでしたっけ?」
「いや、私は古田ですから!黒田と一緒にしないでください!!」
「お、おぅ。……スンマセン。」
「……いや、古田。それは俺に対する冒涜じゃね?」
「まぁ、確かに黒田“なんか”と一緒にされたくはないなぁ!」
「うん、俺だって亮と一緒にされたらイラッとくるぜ?」
「……二人とも馬鹿じゃないかしら。」
「「古田が辛辣だ!!」」
やっぱりこの古田とかいう子、麻雀部と文芸部用に一台ずつ欲しいな。場が凄く落ち着きそう。
「いや、私便利アイテムじゃないですから!」
「おっと、すまん。声が出てた。」
「というか、私からすればお兄さんのツッコミも大したもんだと思いますよ?」
「……マジで?」
「マジです。まぁ、私の場合周りにボケしかいないって感じなんですが。」
「俺もそうなんだよ。俺の周りが俺を越えるボケばかりで……亮とか。」
「あ~、分かります!で、どんな小さなボケでもツッコまないと面倒くさいんですよねぇ!……亮とか。」
「だよな!あいつ面倒くさいよな!」
「いや、黒田も中々ですよ?……」
「いやいや、ウチの萬田さんなんか……」
物凄く盛り上がっている内に年が明けたのだが終わってからどこか互いに空しくなった。
……まぁ、苦労を共有できそうな人と親睦を深められたのはプラスだろう。
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新学期
さて、新学期が始まり残りの学期どう過ごそうかな、と思いながら部室へ向かうと……開口一番萬田さんが言った。
「あー!筒井君の彼女だ!」
「……いや……女じゃ……ないし……。」
いや、竹内のツッコミ処もおかしい!
「よし、事情を聞こうか。筒井。」
「さぁね。オレが大晦日に君と遊んだという話をしてからこんな感じだからね。」
「あぁ、そうか。」
多分、カラオケの話がキーポイントだったんだろうな。
「で?二人はいつから付き合ってたの?」
「うん、逆に付き合ってたと思う?」
「……思う。」
「ほら、竹内も言ってるし!答えちゃいなよ!」
「……早く!」
「というかそのノリは「余計なのはいいから!」」
「話をさせ「……筒井くんとの……関係なら……聞く!」
あーもう、面倒くさい!というか、萬田さんはともかく竹内までとか……。そうだ、ここはあれだな。古田さんのやってたやつ。
「ほら、答えて!」
「……さあ。」
「あのさぁ……二人とも馬鹿じゃないか?」
「清次くんが辛辣!?」「……ひどい。」
流石、古田様々といった効き目だなぁ。
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喧しく、騒がしい阿呆の1年がまた、始まる。