別れ
「横宮く~ん、むにゃむにゃ」
はじめは今危機的状況に陥っていた。
どうしてこうなったのか?
この答えはとても簡単だ。
1 ここは掘立小屋のような建物で部屋というものがない。
2 エールさんが未成年の俺達に酒を飲ませたこと。
だからですね、学年一の美少女が俺の横で眠っているわけですよ。
しかも、俺の名前まで呼んで…。
これって誘っている?
おっと。いけない、いけない。ここは仮にも異世界。
そんなことはあってはいけないのだ。
突如頭の中から聞こえた『神』という人物。
クラスの奴らをいきなり石にしてしまった能力。
そしてこの異世界。
中二病だけを厳選して飛ばしたというのは本当なのだろうか。
それに。
はじめはふと横を見た。
こいつって中二病?
ただの世間知らずのバカだよな。
「横宮君~。来て。来てよ。」
……。
さらに付け加えると、空気を読まない。
綾小路!俺がどれだけ頑張って冷静をたもっているかしらないだろ。
とりあえず俺の脚を枕にしないでくれ!
あー。
頭痛い。明日から王都に向けて出発だ。
早く寝よう。
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まぶしい。
今日、異世界へ飛ばされて二日目の朝は最悪だった。
胸がむかむかし、頭はくらくらしている。
昨日のお酒のせいだ。
あれからどうなったのか私は知らない。
ふと見ると私ははじめの脚の上で寝ていた。
「起きたかい。あんたら寝ている時もラブラブだね。あたしが寝ている時にもしかしてヤッたかい。」
「ち、違います!これはその……。」
説明したくても覚えていないのだから、わからない。
「まあいいや。早く準備しな。ヤンス、夫が残して行っていた武器は全部持っていっていいからさ。」
「いいのですか。そんな大事なもの。」
「大事?あたしたちは離婚したんだよ。」
そうでした。現在修羅場でしたね。
「なんか、セイラと出会ってまだ一日なのに寂しいね。久しぶりのモストーなべもうまかったしね。」
そうなのだ。
モンスターを食べるのは一応ちょっとは躊躇したんだよ。
本当に。
沼代にいたころはいろいろ食べていたけれど、モンスターはな、と思ったのだ。
でも、味は格別だった。
おいしかった。コドンは牛肉と豚肉が合わさったような味だったし、
モストーなべは普通のなべだった。
「綾小路。ふぁー。もう朝か。」
どうやらはじめは眠たそうだ。星羅のせいなのだが、当の本人は全く気付いていない。
「じゃあ、昨日の残りを食べて準備するよ。」
結局エールさんの家を出たのは昼過ぎだった。
「はじめの防具はこれっと。」
「エールさん、何から何までありがとうございました。いきなりお邪魔して。」
私はてきぱきと点検をするエールさんを見ながら言う。
この人がいなければ、まず飢え死にで死んでいただろうな。
神様は一人一人に村一個を与えたつもりなのだろうけど。
「何言っているんだい。最後の別れみたいに。また遊びに来な。それとこれは出世払いだ。」
エールさんがそう言って広げたのは、青いルビーが10個包んであった。
「こんなに!」
はじめが一個手にとって太陽にかざす。
「王都じゃこれくらいはすぐ稼げて使っちまうけど、とっときな。一応青ルビーは一つで赤100ルビー、つまり1000ルビーある。」
「いいんですか。」
「出世払いだっていっているだろう。今度来るときは王都のうまい肉くれよ。」
「はい!」
私たちは礼を言って32村を去った。
なぜここが始まりの森といわれているのかはエールさんから聞いた。
ここにいるモストーはすごく狩るのに簡単だからだ。
狩るには一番易しく、RPGでいうスライムに当たるらしい。
「なんか本当に寂しいな。」
少し歩いたところではじめが言う。
「うん。でもまた来たいよね。」
その時だった。
「おーい。お前だ。邪眼の伯爵。」
「フッ。その名を呼ぶのは誰かなって。」
そこにいたのは一人のおじさんだった。
「謝る気はないからな。もう俺たちはここから去るし、関係ないはずだ。31村のおじさん。」
はー。この人が。
いかにもアンパ○マンのジャ△おじさんみたいな人でやさしそうなのに。
「そうか。もう去っちまうのか。」
おじさんは悲しそうに眼を伏せた。
「これは一応の謝罪だ。あの時は少しばかり虫の調子がよくなくてよ。べ、別にお前のためにつくったんじゃないんだからな。」
……。
ハイ。男版ツンデレですね。
ギャップが激しすぎて気持ち悪い。
私が口元を押さえる中で、はじめは無表情で受け取っていた。
「剣ですか。そういえば鍛冶師ですもんね。」
「ああ、そうだ。そんなぼろい剣なんかよりもずっといいぜ。こいつはお譲ちゃんのだ。」
そういって小型の剣を渡してくれる。
今までのより切れ味もよさそうだ。
「ありがとうございます。では先を急ぎますので。また来ます。」
「べ、別に来てほしくなんてないんだからね。」
……。
「横宮君~。」
「横宮君~。」
ダメだ。全く応答がない。
ジャ△おじさんのような31村の亭主に会ってから、一時間ちょっと。あれからはじめの目がうつろだ。
そして会話も成立していない。
さっきまでは何を言っても
「ソウデスネ。」
と答えていた。
魔物も何匹か出たけど、さすが鍛冶師が作った剣。
なにも恐れずに殺すことができた。
知らない魔物も数匹出るようになってきていた。
「はっ!」
突如目が復活した。赤い眼も光っている。
「俺の名前は横山一。またの名を邪眼の伯爵。第三の目をもつ選ばれし者。よし。」
はじめは決めポーズをとって近くの丸木にこしかけた。
「もう大丈夫だ、綾小路。」
うん。赤い眼が光っている。
大丈夫というのは本当だろう。
よし。異世界生活二日目。がんばるぞ。
見てくれてありがとうございました。