エールさんの過去
「おかえり。ってまあ。」
「おば、ごほんエールさんただいま帰りました。」
私がはじめとともに家へ帰るとエールさんが驚いた声を出していた。
「本当に狩ってきたのかい。おっと、これはコドンじゃないか。」
コドンというのは結構珍しいらしい。
頭のいい動物で比較的私たちのいるところには出てこないので、狩れないのだとか。
「おや。そこにいるのはあんたのボーイフレンドかい。」
「いやー。動物でたとえるなら蛙です。」
私はにこりと笑って言うが、
「なんで!」
とつっこまれた。
「それは、蛙のように何でも言うこと聞いてくれるからに決まっているじゃないですか。」
「だから、何で蛙なの。犬とか猫とかならわかるけど……。」
「横宮君は蛙さんとお話できないんですか。」
「できるわけないだろ!」
おおー。私は少し賢くなった。都会の子は蛙とお話ができないらしい。
「もしかして稲さんともお花さんともお話ができないなんてことは……。」
「大ありだよ!」
そ。そうなんだ。
「可哀そう。」
「もういいよ。」
ま、私にとってはじめは蛙という認識でいいや。
私がうんうんとうなずいていると、
「ハハハ。そうかい。あんたらなんだか知らないけど仲いいってことだ。今日はモストーなべとコドンのグリル焼きで。」
「「はーい。」」
私たちは声をそろえて掘立小屋に入る。
こっちへ来てからの初めてのご飯だ。
おなか減った。
「あの気になったこと聞いていいですか。」
私がお腹をさすっているとはじめ達がコドンをさばきながら言う。
「こう料理するために肉とかほしい時は死体ごと持っていかないといけないのですか。」
「ハハハ。いい質問だ。ってあんたら本当に何にも知らないんだね。」
エールさんは肩をすくめる。
ごめんなさい。さすがに異世界人ですとはいえない。
「アイテムだよ。アイテム。ここはとっても田舎だからアイテムなんて売っていないけど、王都へ行ったらもうたくさん。包丁なんてなくても料理スキルさえあれば料理できるし、収納袋さえあれば十匹狩ろうが二十匹狩ろうがお構いなし。あ、でもレベルによって入る数が違うけどね。」
王都。
初めて異世界っぽい言葉が聞こえた。
そっか。ここ田舎だったんだ。だからどこか落ち着いていた。
「あんたら気づいていただろ。村ってついているのに31村も32村も一軒しか家がないんだ。何でかってみんな王都に行っちまったからさ。夫もね。」
……。
なんて深い設定なんだ。
離婚の次は過疎化問題。
ここ本当に異世界?
その時だった。
ピロリンリン。
趣味の悪い音楽が流れる。赤いスマホからだった。
「ハイハーイ。綾小路星羅さん、横宮一君、どうやら合流したようだね。クエストが終了したよ。後はやる気ない奴ばっかりだったから打ち切っちゃった。クリア人数はなんと39人です。一年後まで持つかな。あ、次のクエストを発表するね。『王都に行こう』だよ。これは一週間設けるから。そこからだと結構遠いから頑張れー。応援しているよ。チュ。」
神様の投げキッスを当然のごとく避けて、はじめと顔を見合わせる。
「行くよね。」
「行くに決まっているだろ。俺の邪気眼さえあれば。」
「ああ、あんたら王都に行くのかい。」
エールさんががたがたと震えている。
「どうしたのですか。
「せいら、私らが皆行ってしまったのにここに残っているのが何でだと思う。天職のせいさ。」
てんしょく?転職のことかな。
「違うよ、綾小路。天職。神様から授かった能力だよ。俺もファンタジーのことはかなり詳しく調べた。そこで結構な頻度で出てくるのが天職。魔法使いとか魔導師とかそういう才能がなければできないとき、天から授かったもの。ほら転生ものでもあるだろ。召還されて勇者だったとか。いきなり勇者様とか言われたりな。」
なるほど。そういう小説をお母さんが一回買ってきてくれたのを100回読みなおしたあの小説がそうだな。
あれはおもしろかった。
「その天職がどうしたのですか。いいじゃないですか。何も努力しなくても魔法使いになれるなんて。」
「私の天職は『牧場経営』。だからこの通りこんな田舎であぐーの世話をやりながら、週に一回商人が持ってくる肉と採取してきた葉を食べながら生きているってわけさ。ちなみに31村のじいさんの天職は鍛冶師。どちらも非戦闘型。そのせいで魔物のすみかでもある王都には行けないのさ。」
神様のせいで。
思ったように人生が生きられないなんて。
旦那さんを追いかけることもできずに。
「な、なんて悲しいの~」
私は涙があふれる。
「せいら、やめよ。私の人生を同情しているみたいじゃないか。確かにヤンス、私の夫も残念そうだったよ。私の天職を聞いたときにはね。でも、こっちで過ごす生活も楽しかった。あんたがいきなり寝転がっていた時には驚いたがね。」
ハハハとエールさんは楽しそうに笑う。
エールさんと出会ってまだ一日も立っていない。
でも、エールさんはすごくいい人だ。
それはとてもよくわかった。
「せいら、はじめ、王都はとてもすごい街だ。あぐーは荷物運びになっているし、こことは世界が違う。あんたらは天職はもっていないみたいだから、人並みには剣を使えるだろう。始まりの森を抜けて、平野をとおれば王都に着く。夫でも5日かかった。明日には出るほうがいいだろう。」
「はい。エールさん。」
「さ、できたぞ。久しぶりのモストー鍋だ。」
「エールさん、こっちもできました。コドンのグリル焼きです。」
「じゃ、出会った記念とお別れ記念を兼ねて、乾杯でもするか。」
「私たち未成年です。」
「ミセイネン?なんだそりゃ。いいから早くぐびっと。」
「いやー!」
その夜、エールさんと ヒック 私たちは飲みあかした。
ヒック。もうダメニャー。
でも短い間だけどエールさんありがとうございました。