小望月 心
俺はどうかしているらしい。まだ望月、……神楽とはそこまで親しい間柄じゃない。なのにいつの間にか、一緒に勉強しようと誘ったり、急に座り込んだあいつの為に自販機までお茶を買いに行ったり、佐伯と手を繋いでいる姿に焦ったり、二人で話し込む姿に苛ついたり。仕舞いには、ペットボトルのパッケージにメッセージまで残してるし。俺らしくないな。これじゃあ、まるで恋じゃないか。
神楽は姫じゃない。俺も帝じゃない。帝は姫を愛していたが、俺は神楽を愛しているか? 分からない。ただひたすらに、愚かしいほど狂おしいほど、心の奥で何かが叫ぶ。
「おはようございます! 伊吹先生!」
「先生って何?」
翌日、神楽はいつも通り元気に馬鹿だった。宿題をする神楽の隣で、すでに宿題を終えた俺は「竹取物語」を読んでいる。小さい頃、家族三人で暮らしていた頃、父さんがよく「かぐや姫」の絵本を読んでくれた。父さんとの思い出で、それだけが記憶に残っている。昔から、「かぐや姫」も「竹取物語」も他人事とは思えなかった。特に、「竹取物語」の帝に感情移入してしまう。あの場面はあんな感じだった、この場面はこう思った、かぐや姫はこんな人だった。明らかに、思い出だった。
「懐かしい」
「伊吹先生! このページの問題がさっぱり分かりません!」
神楽の声で一気に現実に引き戻された。神楽の顔を見る。うん、姫じゃない。姫はもっと綺麗系の美人だ。あ、でも、姫もこいつみたいに馬鹿だった。文通しながらいつも思っていた、アホ可愛いと。
「伊吹くん、ずっと見つめられると照れるっていうか……」
「あぁ、悪い」
もしも、こいつが姫だったのだとしたら、あの時の姫のように月へ帰るとかふざけたことを言い出したりするのだろうか。……姫じゃなかったとしても、絶対帰さない。いい加減面倒くさくなってきた。仮に、かつて俺が帝で神楽が姫だったのだとして、それが何だ。今の俺は御門伊吹。あいつは望月神楽。それ以上でもそれ以下でもない。
今ここにいる俺は、望月神楽が好きだ。
「伊吹くん、聞いてる? ねぇってば!」
うん、マジでアホ可愛い。