腐っているのは…
竜族がエルゴス帝国に入国すれば、大抵は近くにあるヘルトナという宿場町を訪れることになる。数多くの竜族が訪れると共に彼らがもたらす輸入品の数々目当てに、大陸中の商人や、それを求める者たちが集まる
竜族はそこで自分の職業を決めることになる。見かけによらず竜族は純粋で開けっぴろげな性格なので、大抵の仕事をこなせるが、その生まれながらの腕っぷしの強さを売る傭兵業を生業とする者も多くいる…
数日前に入国したガルドとハーンはというと、ヘルトナの露店にいた。通りに面した露店だが買い物をしてるわけではなく、その逆だった…
「ちょっと店員さん、もっと安くならないのかい?」
「うっせぇ金欠野郎! 金がねぇならとっとと失せろ!」
「コラ新入り、客人にケンカ売るな!」
商品にケチを付ける客にキレるガルドに、通行人の目が集まる。短気なのと隠しきれない凶暴性のせいで、ガルドは職を転々としていた。今日もこの職をクビにされることだろう…
案の定1日が終わる前にクビにされたガルドは、店から盗んだ肉を食いちぎりながら悪態をついていた
「何見てんだクソ! ぶっ殺すぞ!」
好奇の目で見てくる通行人に怒鳴り散らし追い払う。竜族としても珍しい程に凶暴的な姿形と、飛行能力はないが大きな翼が特別目を引く
「なに怒ってんだよアニキ」
「ここの人間はみんなクソだ! 礼儀ってもんがありゃしねぇ、クソ野郎共さ!」
「言葉遣いが戻ってるぞ? それよりいい話しがあるんだ」
「あのクソ共よりはマシな話しだろうな」
「デカい話しみたいだ。今夜オレらに会ってくれるそうだ」
「会ってくれるだぁ? 何様のつもりなんだそいつは、頭空っぽのクソエルフか?」
「すげえなアニキ、よくエルフって分かったな」
ハーンは素直に賞賛しているが、ガルドは明らかに不機嫌そうな表情を浮かべる。しばらく考え込んでいたガルドは、忌々しくハーンを見つめる
「会うだけ会ってやる。エルフは信用ならねぇクズだ…話しはオレに任せろ」
「そうだな、任せるよ」
「よし、じゃあちょっとした仕事に行こうか」
ニヤリと笑い合う二人は、小道具を手に通りを練り歩く。二人の"ちょっとした仕事"の始まりだ
「ちっ…シケた家だぜ。探しまくって金貨が数枚かよ」
「今回は割と大量だぜアニキ」
金貨が入った袋をジャラジャラ鳴らすと、不機嫌だったガルドも笑みを浮かべる。二人はよく仕事と称して空き巣や窃盗などの犯罪行為をしている。宝石や装飾品の類はアシがつくので、手を付けるのは現金のみだ
「お前の袋をよこせ、金貨を数える」
「あいよ」
夕暮れ過ぎの公園で二人は今日の収穫を確認する。約束の会合に遅れないよう、会う場所で金の勘定をしている。金貨が多いのと数を数え間違えたので二人は夢中になり、いつの間にか約束の時間となる。ようやく金貨を数え終わったところで、ガルドは公園をぐるりと見回す。 夜がふけて通行人はいない。しかしガルドはある一点に目を向ける
「あのエルフがそうか?」
「どれだ? あぁそうだ」
二人が見つめる先には、身だしなみを整えた長身のエルフがいる。エルフはガルドらを見つけると、真っ直ぐに歩み寄ってきた
「お初お目に…レプティリアン」
「おい、オレらをその呼び方で呼ぶんじゃねぇ」
「失敬。しかし…なるほど、まさしくチンピラだな」
「テメェ、おちょくってんのか」
会うなり二人は互いに憎しみあうかのように罵る。二人はしばらく睨み合っていたが、やがてエルフの方が不敵に笑う
「本来なら殺してやるところだが、お前のような荒くれ者が欲しかったところだ」
「クズ野郎が…」
聞こえないようぼそりと呟くと、ガルドは未だに治らない機嫌をそのままに、エルフの話しに耳を傾ける
「我々エルフは古来より高貴なる種族として繁栄してきた。我々の歴史は長く、尊重されるべき存在だ。しかし中にはそれを理解出来ていない奴がいてな…」
「オレはそいつの考えに賛同する。それより回りくどい言い方はやめて、何をして欲しいのかとっとと言いやがれ」
「ゴブリンとの方が、もっとマシな会話が出来そうだな。まあいい…仕事というのはそのゴブリンに関わることだ」
「あの小さく汚らしい蛆虫共か?」
「初めて意見が合ったな。そうだ、最近街の近辺に現れたゴブリンが、あるエルフのご息女に手を掛けようとしたらしい。クズ虫も森を徘徊しているぶんには構わんが、人里近くに来て迷惑をかけるなら……駆除するしかないだろう?」
エルフの男は冷酷な笑みを浮かべてみせる。かくいうガルド自身、ここ最近ぬるい生活をしていたので、こういった荒っぽい仕事は大歓迎だった。相手が毛嫌いするエルフだということも忘れ、ガルドはすぐさま仕事を受けた
「ゴブリン共を追い払ってくれれば金貨100枚払おう」
「話しにならねぇな。皆殺しでその倍額はどうだ?」
「血の気が多いな、いいだろう。失敗するなよ」
「楽しみにしてろよ。ゴブリンの死体で血塗れの剥製を作ってやるよ」
「いらん。死体は持って帰ってくるな」
エルフはレプティリアンの習性を思い出し、不快そうな表情を浮かべる
「異文化理解ってのはねぇのか畜生めが。さて行くかね」
「武器は持っていかないのか?」
「オレは全身凶器だ。金貨を用意して待ってろや。行くぞハーン」
二人は大量の金貨を胸に描き、意気揚々と公園を出て行く。夜中にレプティリアンが歩いているのを見られるとマズいので、裏路地をコッソリと進み、ヘルトナの街を出る
エルフの男が言うにゴブリンは街の近くの穴蔵に住み着いているらしい。街からは目と鼻の先で畑を荒らしたりもするようで、迷惑な存在なんだとか。街の衛兵が出動しないのが不思議なくらいだ
二人はそれらしい穴蔵を見つけると、離れた位置で様子見する。穴蔵の前には魚を干す竿があり、何者かがいるのは明らかだ
「アニキ、自分でやっといてなんだけど、あのエルフ胡散臭いな」
「エルフが胡散臭いのは、今に始まったことじゃねぇ。自分を高貴で選ばれた種族だと思ってる残念な野郎共でな、みんなドラゴンに喰われちまえばいいんだ」
「まったくだな…アニキ、ゴブリンが出て来たぞ」
穴蔵から一匹のゴブリンが這い出てきて、竿に干された魚をとっていた。二人はすぐさま行動し、ゴブリンの目の前に立つ。ゴブリンは二人を見ると一瞬怯んだが、すぐに魚から手を離し、二人を見上げる
「すぐ襲ってこないくらいには、知性があるようだな…恨みはねぇが、死ねや」
ハーンは拳を振り上げ、ゴブリンを殴り倒す。小さなゴブリンは穴蔵の入り口にまで吹き飛び、激痛に悲鳴をあげる。悲鳴を聞きつけ、他のゴブリンが穴蔵から出て来る
「おう、蟻みてぇにたくさん出てきやがった。踏み潰せ」
「アニキこいつら何か言ってるぜ?」
「なんだと? このオレと対等に話し合えると思ってんのか、いいだろう」
ガルドは殴られたゴブリンのもとでしゃがみ、頭を鷲掴みにして引き立てる。ゴブリンらは震えあがり明らかに怯えている
「言いたいことがあるなら言ってみろよ…言ってみろ!」
ビクッとするゴブリンは震えながら、ゆっくりと口を開く
「オレ、ナニシタ…? ナンデ殴ル?」
「何で殴ったかって? テメェらが他人様に迷惑かけたからさ!」
「待てハーン…質問に答えろゴブリン。頷くか首を振るだけでいい」
ガルドはゴブリンを下ろすと、威圧していた態度を直す
「最近エルフの女にちょっかい出したことはあるか?」
ゴブリンは一瞬意外そうな顔をしたが、すぐに首を横に振る。続いて畑を荒らしたり人に迷惑をかけたかも聞くと、同じように首を振った。他のゴブリンを見れば皆同じように、今の質問が信じられないようだ
「オレラ、街ノ近クニ住ム許可モラッタ…デモ迷惑カケテナイ、絶対」
「なるほど、あのゲス野郎にはめられたわけだ。お前ら、ここを離れて違う場所に住め」
「…ナゼ?」
「今日やり過ごしても、別な奴らがお前らを襲いに来る。だからとっとと逃げろ」
ガルドはそれだけ言うと、立ち上がって街に引き返す。ゴブリンと一緒にあ然としていたハーンは、慌ててガルドを追う
「アニキ! 何でゴブリン共を見逃すんだよ、殺してねぇし追い払ってもいねえ! これじゃ報酬がもらえないぞ!?」
ガルドは立ち止まり、振り返りざまにハーンを殴る。人を簡単に殺してしまいそうな一撃に、ハーンは地面に倒れる
「あのゴブリンを見たか? ありゃ住処の森を出て来た奴らだ…ゴブリンが住処離れて、それも人里近くに住むのがどんなに大変か分かるはずだ。それも奴らは悪さをしないで、汗水たらして暮らしてる。良いゴブリンだ…腐ってんのはあのエルフだ」
「流石ですアニキ、金に目が眩んじまった。ありがとう」
「分かればいい。行くぞ、あのクソ共に後悔させてやる」
騙されたことに憤りを見せるガルドに、ハーンはぶるっと震える。今なら人を殺してしまいそうな雰囲気にヒヤヒヤしつつも、ハーンはこれから起こるであろう荒事に大きな期待を寄せていた
他の成り上がりとは何か意味が違う趣向ですが、楽しんでいただければ嬉しいです