オーダーメイドドアマットヒロイン
早朝。お日様が顔を出すよりも先この家に住む誰よりも前に、私は目覚め動き出す。
冬の今、太陽のぬくもりは遠く、空気も水も肌に突き刺さるように冷え切っている。
眠る皆様を起こさぬよう息を殺し音に気を付け、しかし手早く掃除と朝食の下ごしらえをしなければならない。
それでも私は、この時間が好き。
私以外に誰も動いていないから。暴力も暴言も、誰からも浴びせられる事はないから。
ああ、太陽などいつまでも登らなければ良いのに。
一日の中で一番好きなこの時間でさえそんな憂鬱を抱きながら、私の一日は始まる。
私は、この家のご主人様にも奥様にもお嬢様にも、その意を受けた使用人の皆々にも疎まれ虐げられている下女だ。
母はご主人様の妾という立場だったらしい。その母が私が五歳の頃に亡くなったので、ご主人様が私を引き取ってくださったのだと聞かされている。
私も一応はご主人様の血を継いでいるようなのだが、私のような『愚図でのろまで何もできない。自分に似ている所も美点の一つもどうやったって見つけられないような者を、我が子と認めはしない』との事で。
奥様とお嬢様からしたって、私は目障りな存在でしかない。
私が家族と呼んで良い人なんて、この家には、いいやどこにも、誰もいないのだ。
だから私は、この家の下女でしかないのである。
一六になる今日まで生かしてもらった事をご主人様一家に感謝し奉仕し生きろと命ぜられ、そしてその通り生きている、みすぼらしい下女。
学はない、親はいない、これといった取り柄もなければ容姿に恵まれているわけでもない。
ああ確かに、生きていくに足るだけの衣食住を与えていただいているだけ感謝しなければならないのだ。
希望はない。救いは来ない。日々の暮らしはみじめで苦痛だ。
それでも耐えて、耐えていくしかないのだろう。
私の人生は、きっとそういう物なのだろう。
そう、あの日までは思っていた。
――――
今日はまだ誰からも蹴られてもぶたれてもいない。
お嬢様のお使いで行った和菓子屋からの帰り道。
ふと、その事に気が付いた。
今日は良い日なのかもしれない。
そんな風に、少し軽くなった足取りで屋敷に戻ろうとしていたその最中。
街の中央を流れる河、そこにかかる橋の上、瓦斯灯にもたれかかるように立つ、背の高い、全体として神々しく白いという印象を受けるその人がいたのである。
白い。とにかく、白い人だ。
服装から見るに、神職の方なのだろうか。白い着物に白い袴、光の加減で浮き出て見える文様までもが白で統一されている。そして、これだけ全部が白いのに、少しの汚れも見えない。神秘的なまでの白さだ。
その上、背中の半ばにまでかかる程伸びた髪も白い。顔立ちも体格も若々しいし、並みの白髪とは一線を画す艶やかに白銀に輝く髪であるので、これは加齢による物ではないと思う。
おまけに顔色までもが青白いので、とにかく白いなという印象を受ける。
そうだ。その体格の良さと美しい顔立ちに見惚れてしまっていたが、この人はずいぶんと顔色が悪いではないか!
「だ、だいじょうぶ、ですか……?」
そろりと問いかければ、ひどく億劫そうにゆったりと、その人の視線が持ち上げられる。
ばちり、視線が合ったその瞬間。やはりひどく美しく精悍なその顔立ちと黄金に輝く瞳に思わず私が息を飲んでしまったのと同時。
どうしてかその人も、ハッとした様子で息を飲んだ。
「……っ! ああその、すまない。少し、気分が悪くて」
「まあ! ええと、それならどこかで休まれた方が良いのでは? おうちは遠いのでしょうか?」
「我の家は、この街からは少し距離のある山の方でな……。今日は所用でこちらに足を伸ばし、慣れない人ごみに酔ってしまったようだ」
「ああ、この辺りは人も多いですし、汽車の煙がけぶっていたりと空気も良くはありませんものね。しかし……、どうしましょう。家にでも招ければ良かったのですが、私は住み込みで働いている身でして……」
この人が出会ったのが私ではなくお嬢様であれば良かったのに。
動かせる車も、頼れる人も、何も手配できない我が身が恥ずかしい。
ご主人様一家の皆様が言う通りのとことん役立たずの自分を恥じて縮こまっていると、ふふ、と柔らかな笑いがその人から漏れ出た気配がした。
「お前は、心優しいのだね。その気持ちが嬉しいよ。そのおかげかな、少し気分が楽になってきた気がする。ありがとう」
「あ、その、何もできてはいませんが、せめて気が紛れた、という事であれば光栄でございます……」
「本当に感謝しているのに、お前はどうしてそうも、縮こまっているのだろうね? 年こそそちらが下だろうけれど、そこまでへりくだったしゃべりをされる理由もないのに」
そんな事を言われたって、目の前の人は美しすぎるのだ。
着物の質から見たって、はっきりと身分が上の方だと思う。
日々の水仕事で荒れ、何かの失敗の際なんかに踏みつけられてもきた自分のボロボロの手と違って、目の前の方は指どころか爪の先まで美しく手入れされて見える。
絶対に高貴な方だろう。
あまりにみすぼらしい自分の手がなんだか恥ずかしくて、指先を握り込む。
お嬢様であれば、この人にも見劣りしない白魚のような手をなさっているのに。
本当に、この人が出会ったのが私ではなくお嬢様であれば良かった……!
「……姉の方では意味がないのだよ」
ぼそりと何かを呟かれたような気がしたけれどうまく聞き取れず、私はパッと顔を上げた。
「何かおっしゃいました、か……?」
「いや? 清らかで心優しい恩人殿は、どう言えば私の感謝を素直に受け取ってくれるのかな、と思ってね」
「えっ、いえ、そんな、私など、お褒めいただけるような身では……」
「お前は清らかで、心地よく、愛らしいよ。その姿も、声も、性格も、気配も、魂も、実に好ましい」
「は、はあ……。ありがとう、存じます……?」
人から姿や声を褒められるなんて初めての事だし、気配だの魂だのは意味が分からない。性格が知れる程の交流ではまだないだろうし。
けれど、何が作用したのか人に話すと楽になる? とかいうやつなのだか(何か間違えている気はする)、確かに目の前の人の顔色は、先ほどとは打って変わって良くなっている。
頬には朱がさしているし、青みがかっていたような唇も……。
「ふふ。そうも熱く見つめられると、さすがに照れてしまうな」
「あっ、も、申し訳ありません! その、顔色が明るくなられたなと、ついつい見てしまっただけでして! 見惚れていたとかでは……、なくもないのですが下心まではないつもりでございましてそのっ!!」
艶めかしく笑みの形に動いた唇から、ちくりと刺すような言葉。
焦った私は、ぺこぺこと頭を下げた。
対して気にしていないらしい彼は、大らかに朗らかに笑う。
「あってもかまわないのに。お前のようなかわいらしい子に気に入ってもらえたのなら、我はこの顔で良かったと思うよ」
「なっ、そっ、そのようなご冗談を……!」
「冗談なんかじゃないさ。お前は実に清らかで、愛らしい。心からそう思うよ。……うん、オーダー通りだな」
「おー、だ……?」
ぼそりと独り言のように付け足された言葉の意味が分からずに首を傾げれば、彼はにんまりと笑みを大きくさせる。
「お前は外来語は苦手なのだね。そんな所も可愛いなぁ!」
「か、……からかわないでくださいませっ!」
「からかってなんかいないさ。本当に、かわいい。お前は可愛いよ。おかげで我も、すっかり気分が良くなった。礼をしなければいけないね」
「ああいえ、そんなそんな……、いけない! すっかり話し込んでしまいましたが、私、お嬢様のお使いの途中だったのです! 早く戻らなければ……!」
「ああそうか。それなら、礼は後日に」
後日、と言われても。
きっとこの高貴らしく美しい方と私如きが話せる機会なんて、二度とはないだろう。名も知らぬ間柄、住まいは離れているらしく、再会すらきっと難しい。
けれど、とにかくすぐに帰らなければまた叱られる悪ければぶたれると焦りでいっぱいになった私に、反論をする時間はない。
故にはいはいと彼の言葉を流して、そうして早足に、私はその場を去ったのだった。
――――
何故か叱られも、殴られも、蹴られも、踏みつけられも(地に伏して謝罪をしていると足蹴にされるのがいつもの事なのに)、その日はしなかった。
この世の物とは思えない程に美しい男性と楽しいひと時を過ごせたのもあって、実に良い日だったと、夜に改めて思った。
それだもの、お礼なんかいらない。私だって楽しくて、今日は良い日だったのだから。
あの方ともう会えないだろう事は少し寂しいけれど、私には十二分の幸福だ。
その時は本当に、心底、今日が私の人生最大の幸福で最良の日と、そう信じていたのだけれども。
ところが、あの白く美しい男性との関係はそれで終わらず、そうして私の人生は、望外の幸福に満ち満ちて行き――
『白様が、私ども一族が仕え崇め続けてきた神であるあの御方が、我が家に参られる! それも、我が娘に会いたいとの仰せだ!』
『私に!? ああ、迎えるのに失礼があってはいけないわ! 着物と花と、ちょっと、あんたもボケっとしてないで! まずは……』
『白様!? 我が娘はこの子だけでございます! そちらは使用人の……』
『やあ、お礼をしに来たよ、清らかなお嬢さん。……この子とて、貴様を父とする娘だろうに。どうしてこうも愛らしい子をそうまで疎むのか……』
『ソレは、確かに父の血を引いているかもわからない、卑しい女の娘でございますから。血も悪ければ我が家の役に立つ能力すらな……ひっ』
『不快な言葉を囀るな。身内の謙遜にしたって、限度があろう。……しかし、そうか。そうもこの家では不要というのならば、我がこの子をもらい受けてもかまわないな?』
『わ、私、神様なんていう尊いお方に仕えられるような教育は受けておりません……!』
『そうかしこまるな。我は神といえど、肉もあれば欲もある、一人の男よ。教育も関係ない。お前はただ、我の手元にいてくれるだけで良い。我はお前の清らかさにすっかり惚れ込んだのだ』
『ほ、ほほ、惚れ……!?』
『なあ、その反応、我の好意を不快とは感じてはいないと捉えてしまうぞ? ……はははっ! ああ、お前は実に愛いな!!』
なんだか、あれよあれよとわけのわからぬままに。
白様と呼ばれた、やはりご主人様方すらもひれ伏すような尊い神という身分であったその男性に、私は仕える事になったのだった。
『何故白様が、私ではなく、あんたなんかを……』
『思い上がるなよ愚図。貴様如き、白様にとっては単に毛色の違う玩具でしかない。どうせすぐに飽きられて捨てられる』
私の血縁であった、ついぞ家族とは認めてくれなかった人々の怨嗟の言葉を背に、私は冷たいお屋敷から、あたたかな白様の社へ。
そこでの日々は、主に白様にどきどきさせられ過ぎるといった困り事こそあったものの、とてもあたたかくて、穏やかで。
白様が私に向ける視線が、仕草が、くすぐったくなる程に、これまでの人生で味わった事の無い程に、愛という物に満ち満ちていて。
気が付けば私は、すっかりと白様をお慕いしてしまっていて、不敬で不純だとは思っても、溢れ出してしまって、けれど彼は、それすらも嬉し気に愛し気に、受け止めてくれて。
『なんと清らかな魂か。お前が隣にいてくれるだけで、実に心地が良い』
『ありがとう存じます。白様が望んでくださる限り、私はここにおりますよ。ずっと、ずっと。……ずっと、あなた様の隣にいさせて欲しい、です』
『……そうか。ならば。我の本当の名は×××××の×××というのだ。……これは、我の伴侶となる者以外は呼ぶ事の許されぬ名だ』
『そ、それって……』
『ああ、求婚だ。お前を、愛している。お前の人としての一生が終わった後も永劫に、我が妻として、我と共に生きてはくれないか? ……応えてくれるつもりがあるなら、呼べ』
『……』
美しく心優しい白様。あたたかく居心地の良い社。
この場所に、この方の隣に、未来永劫? 居て良いの? 私が?
それは、ああ、……なんという幸福か!
私は震える唇で、乾いた喉から、必死にその名を紡ぎ――
◇◆◇◆◇◆◇
――私の人生あの日から大逆転だわ! 白様に溺愛していただいて、すっごく幸せになっちゃった!
――私だけが幸せなばかりで、お父様お義母様お義姉様、ごめんなさい! ……でもちょっと、ほんのちょっとだけ、ざまぁみろ! なーんて、そんな事考えてはいけないわ。
――ちょっぴり悪い子になったって白様は私を愛してくださるとは思うけれど、私は白様の愛する心清らかな乙女なのだから……。
とでも、隠しきれないニタニタ笑いを随所で浮かべていたあの子は思っているのでしょうね。
きっと今頃にはもう、あの子はうかつにも神たるあの御方の御名に永劫の愛でも誓い魂を縛られてしまっているに違いない。
得意気に誇らしげに、心底幸福だと信じながら。
本当に、哀れな子。
あの子に【お嬢様】と呼ばれていた、彼女の意地悪な義姉の役目であった私は、憂鬱な気分で白様の御社のある山を見上げた。
冬の盛りだというのに、主の気分を反映してかあの子のためにか、あの辺りは春の如きの環境らしく、若葉と花の彩で輝いている。
【可哀想で可愛くあれ。愛に飢えよ。そうして白様だけを信じ深く愛し依存せよ】
他ならぬ白様のオーダーによってそう育てられた、哀れな生け贄である義妹は、あそこで白様と共に我が世の春を満喫しているのだろう。
『あー、我がおらねば生きていけないくらいに我にのみ依存しきった哀れな人の子を愛でたいのぅ!』
そう、実のところ、約一〇年前の白様のこの言葉で、我が一族は動き出したのだ。
あの子の母であった人と、まだ幼かったあの子の顔立ちが白様の好みだったそうなので。
母を遠くへと追いやり、子を取り上げ、そして父の子だということにして屋敷に迎え、白様の命じた通りに虐げ育てたのである。
【幸】という漢字は、手枷の象形文字、それから逃れられたら幸せであるというのが由来という説があるのだそうだ。
あの子を幸せにしてやるために、白様は我が一族に命じ、まずはとびきりの手枷をご用意なさったのである。
丁寧に丹念に踏みつけて虐げ心を傷つかせ自尊心を損ねさせ、ほんのわずかな慈愛にも感謝し感激し飛び上がって喜ぶように。
誰からも少しの親愛すら与えず愛に飢えさせて、いざ与えられればそれにのめり込むように、底抜けの依存心を抱くように。
『殴らないから良い人。怒鳴らないから優しい人。優しく頭を撫でてくれるなんて、もうきっと神様に違いない!』そう思い込んで惚れこんでしまうような隙を植え付けるように。
そういった手枷を最初にかける事こそが、白様から私たちへの御命令であった。
そこから救ってやれば、案の定あの子はいともたやすく白様に惚れ、疑う事なく彼の方の救いの手を握り屋敷を出て行った。
なぜ、めそめそと泣いていたばかりの、道を切り開くような努力なんて少しもしていないあの子に都合の良い溺愛が、救いの手がもたらされたのか?
泣かせる段階から、そこから救ってやって惚れさせる作戦に基づく彼の方の仕込みだったので。
なぜ白様は初対面からあの子にベタ惚れで、あの子もそれにすぐ応じたのか?
白様としてはオーダーしたらその通りの子が出来上がったという話なので。そしてあの子は、愛に飢えるよう驚きのチョロさになるように育成された子なので。
そういうわけだ。ひどい話だ。
なんでも、事の始まりは白様が吐露した【文明開化】への見通しだったらしい。
『これからの時代、森は倒され山は開かれ川は曲げられ夜闇は照らされ大地は覆い固められる。人は神秘から離れ、なんだって自分たちでできるのだと確信し、我らを拠り所とはしなくなる。そうして我らは、少しずつ力を失っていくのだろうさ』
そのお言葉を、当初父らは必死になって否定したらしい。
『いいや。我らの眼には、この先という物がはっきりと視えておるのよ。別段かまわぬ。人の子らが、親たる我らから離れ独立していくというのは、嘆くことでも怒ることでもないのだから。自然の流れさな』
けれど神らしい泰然さでさらりとそう断言されてしまえば反論も難しく、ただ私たち一族が白様から受けてきた御恩への感謝と恒久の奉仕の決意を改めて伝えたとか。
『もちろん、貴様らのように親を強く想うてくれる子も残るだろうがな。次の世代その次の……となれば、どうなるかなぞわからぬだろ? 親の心子知らずと言う。それで良い。貴様ら今いる一族がどう決意しようと、大きな世の流れは変わらぬしな』
そこまで言われてしまえば、もはや何の返せる言葉もなく。
『繰り返しになるが、子の独り立ちだ。我らは人の子らの前途を祝すばかりよ。……ただ、な? 神秘である我らが、こうして我が物顔でおれる世の最後に、とびきりの贄を一つくらいいただいても良いだろうとは思うての?』
そうおっしゃった白様の笑みは、実に凄絶なまでに美しく、父らはすっかり飲まれたと聞いている。
『そうだ人とはこんな生き物だったなと、そう思い返せるような記念品が欲しいのよ。健気な人の子らの永き献身の記念がな。そういったわけで、とびきり我好みの乙女を一つ贄として捧げ、永劫我が手元で愛でさせておくれ。……この役割が、贄では言葉が悪いか。伴侶、花嫁、……そうさな、これは我の最後の嫁取りよ』
そこからどのような嫁を望むかと問えば、彼の方は理想の夫婦関係すなわち『我がおらねば生きていけないくらいに我にのみ依存しきった哀れな人の子を愛でたい』と率直に打ち明けた、というわけだ。
だから私たちは、白様が最後にと望んだのだからとそれはもう張り切りに張り切って、神様への奉仕として、あの子を虐げたのだ。
白様の物となる予定の子なのだから、それはもう丁寧に丹念に繊細な虐待を行った。
残るほどの傷はつけないように、けれどしっかりと白様以外の他人は恐怖し嫌悪するようになるだけの暴力と暴言を徹底的に浴びせ続けた。
屋敷を居心地良くは感じないように、しかし発育に十分かつ病には倒れないだけのギリギリの衣食住を見極め与えた。
実に繊細な虐待だったと思うし、なぜあの子はあれで少しも疑問を抱いた様子がなかったのだろうなと思う。
私たちが本当にあの子を疎んでいれば、いの一番に身売りでもさせただろうに。若い女であるあの子の一番価値のある部分なんて、わかりきっているのに。
白様の妻となる身なのだから他者に触れさせるわけがないという裏側を、私たちは知っているけれど、あの子はそうではないのに。
やはり、ろくな教育を与えず、他者との交流を許さずに育てたのが良かったのだろう。
どうかそのまま、愚かなままでいて欲しい。
あの子が自分の不幸とみじめを良く自覚できるように、私は殊更深窓の令嬢であるようにしていた。
あの子が気分良く白様に嫁げるように、いかにも羨ましがっているように騒いでやった。
家族の一員として、非力な身故のちょうど良くかつ屈辱的な暴力と暴言を発する役を担っていた。
そんな重要な役割を果たしていた私は当然、白様から直接オーダーを受けていたために、彼の方とは以前からの面識がある。
そしてその際に、白様よりこういった評価を受けているのである。
『本当に貴様は頭が良いな。気が利いて聡くて……、実に可愛げがない。ああ、謝らなくて良い。単に、我の女の好みではないというだけの話よ。配下としてはこの上なく素晴らしいと、そう評価しておる』
そしてその次に、呼吸すらままならない程の圧を浴びせられ、念入りに釘を刺された。
『しかしな、我の可愛い雛鳥が、貴様に似ては困るのよ。あれはどこまでも、可愛くなければならない。……姉として導いたり、余計な事を教えたりなんてしてくれるなよ?』
『重々承知しております。あのままである事がアレの幸福でありましょう。知らぬが仏見ぬが極楽と言いますから』
私の返答に、神たるあの方の前で仏と極楽の話をするかと、白様はおかし気に笑ってらした。
そうだ。知らなければ、見なければ、気が付かなければ。
そうすればあの子は幸せなのだ。きっと世界で一番、可愛らしく幸福な花嫁だ。
だから、ああ、一時は私の義妹だった少女よ。
どうかそのまま、愚かで哀れで可愛らしいままに。
私たち家族一同がお前の幸福を心底から祈っているなんて、気が付かずに。
白様の上位存在らし過ぎる邪悪さなぞ、知らずに。
白様の過去や御発想に、その溺愛の根拠に、状況の不自然さに、目を向けずに。
どうかどうか、白様からの溺愛に溺れ、夢見心地で幸福に生きていって欲しい。
そう、願わずにはいられない。




