第22話 青年の困り事
この前卒業したばかりの彼は、まさか自分がこんな汚らしい支部に勤めるなんて夢にも思わなかったと言う。
山口さんは自分からここに来たいと言ったわけではなく、勧誘されたらしい。
入社してからまだ数十日なのに、もう諦めの表情になっていた。
ちなみに、巨大うなぎ事件のときは春休み中だったけど、緊急出動になったとか。
お茶の表面に、天井に吊るされたランプの光が揺れていた。
「そういえばほかの人は? まさか全員入学式に?」
「いえ、入学式には樺谷さんともう一人行ってます。ほかの二人は迷子探しと見回りです」
「え、五人しかいないの?」
「ええ。登録者は何人かいますけど、みんな本業優先で、ここにはめったに来なくて……」
この街の規模を考えると、絶対仕事が回らない。
正式に組合員になる前の那智みたいに――医者が本業で、どうしても手が足りないときは出勤してもいい、という人間しかいないと。本業を優先したいのはわかるし、普通の神経ならこの建物に来たくはないわな。
ちらと、扉の開閉で白く擦れた床に目をやった。
「資料室もぐちゃぐちゃだったじゃないですか。今日はたまたま暇ですけど、普段は人手が足りなくて、どんなに汚くなってもやる時間がないんですよね」
「まあ、そうなるよな……大変そうだね」
寝る間もないんじゃないか?
せめて兼業の人が来てくれるような環境になればいいんだけど。
お茶を飲み干して、薄汚れた机の上に湯呑みをそっと置いた。
「樺谷さん、責任者になってまだ二年くらいで大変でしょうから、雑用くらいはがんばろうかなって」
「そうなんだ。山口さんの心がけはいいけど、休めるときは休まないと」
ちらと、彼の頭上の壁にある掛け時計を見ると、時刻は昼の十二時を指している。
入学式は午前中で終わるから、樺谷さんは一時間以内に帰ってくる。
俺がここでしていたことはあまり公にしたくない。神屋大臣の耳に入る可能性があるから。
でも、さすがに資料室を覗かれたことを、彼は黙っておいてはくれないだろう。
何か……俺のことが頭から消えてしまうくらい衝撃的なことをすれば……。
元々この色なのか、くすんだのかよくわからない机をなぞり――閃いた。
「そろそろお暇するね。できれば……俺が資料室入ったこと、樺谷さんに秘密にしてくれる?」
「え、うーん……それはちょっと……」
本当はこっそり調べたかったんだけど……俺の都合で山口さんに迷惑かけるのも悪いし。
ちらっと膝の上のソラを見ると、「またか」って顔をしていた。この子は、俺の交渉術には辛口だ。
「お礼はするからさ」
困惑している青年に向かって、からかうように笑いかけた。




