第17話 正義の見方
紙に写した記事を今度はちゃんと読んでいると、初老の男性店主が頼んだものをそっと机に置いた。
粉引きの陶器のカップから、ふんわりと珈琲の香りが漂ってきた。
銀の器にはカラメルたっぷりのプディングが盛られている。
高級店でしか見たことなかったから頼んでみたけど、すごくおいしそう。
ソラは、椅子の上でふわふわの尻尾を揺らしながらくつろいでいる。
男性は「かわいい猫ちゃんですね」と言ってくれて、さらに動物用のお菓子までくれた。魚の形をしたビスケットだ。
まさかわざわざ買ってきてくれたのかと思って尋ねると、今は亡き看板猫が好んで食べていたものらしく、店主の手作りのお菓子だと言った。
常連客の家のペットもそのお菓子が好きということで、作っては店に置いておくそうだ。
看板猫がいなくなっても、こんな風にお菓子を作り続けるなんて……店主の猫への愛が伝わってくる。
資料を置いて、珈琲を一口飲む。
煎ったナッツのような香ばしさに、深みのあるしっかりしたコクとなめらかな口あたりが特徴の珈琲だった。唇を離した瞬間、自然とため息が漏れた。
プディングはほどよい食感で、卵の濃厚な風味があり、素朴な甘さとほろ苦いカラメルが混ざり合う一級品だ。
……値段設定、間違ってない?
この味に、この空気。どれも妙に懐かしくて、思わず口元に淡い笑みが浮かぶ。
「ユウナ、これ見て」と、ソラが器用に前足で紙をつつき、俺の方へずらしてきた。耳をピンと立てて、じっとこっちを見ている。
渡してきたのは、研究所で起きた事故の記事だった。
『霜月魔法研究所で爆発事故、所長の妻が犠牲に
二日午後九時頃、ワタツミ街に住む魔法学者の霜月清輝さん(二十九歳)が所長を務める霜月魔法研究所で爆発事故が発生した。この事故により清輝さんの妻、香代さん(二十九歳)の死亡が確認された。死因は魔力の枯渇。
ワタツミ警察署によると、魔力の移植実験を行った際なんらかの不具合が発生し、香代さんの魔力が暴走、爆発が起きたという。この爆発による負傷者はいなかった。
夫の清輝さんは「妻には申し訳ないことをした。この事実を真摯に受け止めたい」と話している。
ワタツミ署は詳しい経緯についてさらに調べていく方針だ。』
魔力の枯渇……魔力の移植実験。
香代さんの死因は、『二十歳まで』の魔術のせいではなく、移植により、魔力がなくなってしまったことが原因なのか。
魔力の枯渇は……体から血を全部抜かれるようなものだ。生き残れるはずがない。
思わず唾を飲み込む。資料に添えた手が無意識に震えていた。
そんな……命を懸けてまで、自分の子どもにしなくてはいけないことだったのか?
そんな方法でしか、魔術は……解除できないのか?
とんでもない何かが、動き始めている気がした。震える指先をそっと膝の上で握りしめる。
こんなものが、正義であってたまるか。




