第3話 朱色の和傘
「今から仕事行くつもり? 何時だと思っているの」
ソラは枕元にある置時計を前足でつつきながら、冷たく言い放った。目元は眠そうなのに、声だけは妙に鋭い。彼の態度からは、こちらの行動に対する不快感が伝わってくる。
起こしてしまったのは俺の不注意だけど、何もそこまで言わなくてもいいのに。
いや、言われても仕方ないけどさ……。
肩が思いのほか冷たく感じた。
「霜月先生の家、火事なんだって。銀三じいさまから消火頼まれた」
ソラの耳がぴんと立った。
「火事?」
非日常に目がないソラは、さっきまでの不機嫌をどこへやら、青色の目を輝かせていた。
しかし、興味を持ってもらったところ申し訳ないが、この冷えきった外の世界に連れて行くのはさすがにかわいそうだろう。
衣紋掛けから黒い角袖外套をつかんで、羽織の上に着る。
さて、行くか。
暗い部屋にぼんやり浮かんで見えるソラのあごをくすぐり、背を向けた。
「じゃ、留守番よろしくね」
「えー! ぼくも行く!」
「やめとけって。寒いし……」
「いいから連れてけー」
まったく。どうなっても知らんぞ。
玄関に置いてある数少ない靴の中から、草履を選んで足を通す。裏地がもこもこの足袋を履いているため、いつもより履き心地が窮屈に感じる。
結局ソラを連れて行くことになってしまった。
移動するときは基本、汽車頼りだけど、深夜帯はさすがに動いていない。というか、うちの村に停まることの方が少ない。
汽車が来ない場合は、己の足で向かうことになるが、魔法研究所があるワタツミ街まで汽車だと一時間かかる。
全力疾走を延々と続けられるとしても、到着する頃には研究所が灰に変わってしまうだろう。
そもそも、ソラを抱えて走るわけにはいかないし……。
くるりと家の中に振り返る。
玄関から見える位置にある資料室の方に目を向けた。
そういえば……昨日読んだ本に、箒に乗って空を飛ぶ女魔導士の挿絵があった。まさか、こんなときに思い出すなんて。
――風魔法が使えれば話は早いが、俺にはそんな芸当はない。箒で飛ぶなんておとぎ話みたいなもんだけど、試してみる価値はあるかもな。
傘立て兼掃除用具入れを覗くと、肝心の箒がない。
ああ、あれか――
この前の台風で、自主的に飛行訓練始めたまま帰ってきてないんだった。
……なんて悠長なこと考えている場合じゃない。
目が合った熊手を無視して、代わりに朱色の和傘を引っこ抜いた。




