第22話 恋の自覚
鳳家を後にして汽車に揺られながら、ソラの背中を撫で、ぼんやりと窓の外を眺めていた。流れていく景色が、まるで考えを連れ去っていくみたいだった。
「ねえ、ソラ」
「んー?」
「新しい魔法って、なんだと思う?」
「さあねえ……なんだろうね……」
二人そろって首を傾けてみたものの、名案が浮かぶはずもなく、やがて言葉は途切れた。
「なんかさ。ユウナが誰かのために、ここまで動くのって初めてじゃない?」
「え? ……ああ、そうかもしれない」
言われてみて初めて気づく。
彼女が苦しむ姿を想像すると、心の襞に棘が触れるような、静かな痛みが走る。誰かの悲しみを、こんなにも自分のことのように感じたのは、初めてだった。
助けたい――その想いだけは、曖昧にならず、はっきりと胸に残っている。
……これが、恋愛感情というものなのだろうか。もしそうなら、なんて厄介で、そして素晴らしい感情だ。
車窓に映った自分の顔は、少しだけやわらいで見えた。初めて抱く気持ちなのに、不思議と確信があった。
この想いは、きっと嘘じゃない。
***
家に着き、部屋着に着替え、布団に倒れ込む。
どっと体にのしかかる疲れ。肩がじんわり重い。
――学生はもうすぐ夏休みになる。
ルネにはできるだけ説得を急いでもらって、イフリートという上位精霊を連れてきてもらおう。
契約しなくても、あと数年は呪いの作用を受けないけれど、気が気じゃない。
「……はあ」
深いため息をついた直後、腹の上にふわりとした重みがのしかかる。ソラが気だるげに座り込んできたのだ。
「おい、重いって」
不満げに顔をしかめると、ソラは丸い目を細め、口の端をにやりと上げたように見えた。
これは、何かを企んでいるときの顔だ。
「まだあわてるような時間じゃない」
「……なんか、どっかで聞いたことある台詞だ」
きっと、焦らず落ち着けって意味なんだろう。
そう言われると、少しだけ肩の力が抜けた。
今できることをやるしかない。
襖の隙間から見える広縁。
夏の熱気に、庭の景色が陽炎のように揺れている。飛び石の周囲に敷かれた白砕石は、日差しを浴びてまぶしいほどに輝いていた。
もわっとした熱気が肌にまとわりつく。
あの上に卵を落とせば、目玉焼きくらいなら作れそうだ。
遠慮がちにあくびをし、寝転がりながら伸びをする。それでもソラはしぶとく座っていた。
ずっと横になっていたら、買い物に行きたくなくなるな。
「今日は魚料理でもしようか」
「太刀魚!」
ソラは勢いよく飛び起き、瞳をきらきらさせた。さっきまでぐうたら具合はどこへやら。
「おまえ、元気じゃん……」
苦笑しながら立ち上がる。
――まあ、俺も少し元気出たかもな。
ご要望の太刀魚を買うため、銀三じいさまの魚屋に向かうことにした。




