第10話 負けず嫌いのぼやき
ついでに、目の前の南美川呉服店を見た。
――不本意だが、仕方ない。
正面の店にいる南美川青年に手招きする。
『なんだろう?』という表情をしながら来た彼に「今、休憩行ける? いや、ほら……一人だと危ないし」と尋ねる。
ああ、くそ。いっそ断ってくれないかな。
「あ……あー……ちょっと聞いてきます」
照れくさそうに自分の持ち場に戻っていった。
若い魔導士の二人を苦々しい気持ちで見送り、買い物の付き添いで来たらしい男性のお客さんの元に向かう。
その人たちが別の店を見に離れると、ねえさまが何やら慌てた様子で耳打ちしてきた。
「ユウナ、つまみ細工、売りきれちゃった」
「え。本当? じゃあ作ってくる」
――うわ、本当にない。小物売り場はすっからかんになっている。
しまった、油断した。
在庫切れなんて起こさせない。南美川呉服店に負けるなんてごめんだ。
慌てて作業台に向かい、魔法を込めた指先が、いつもより早く動く。裏でこっそり新しいものを作って店頭に並べておいた。
ずるい気もするけど、まあ、いいよね。
「そこの、緑目の綺麗なお兄さん! ちょっといいかい?」
ん?
俺のこと?
返事をしながら振り返った。
あれ、この人もどこかで見た顔だ。
物腰やわらかそうな青年はにこにこと笑みを浮かべており、手には封筒を持っていた。
聞くと、先ほど宣伝に使った歌劇の団員だそうで、噂を聞きつけやって来てくれたらしい。
ちなみに彼の配役は子どもの集団の一人。
役名はとくになかった覚えがある。
名もなき彼の顔を覚えてしまうほど歌劇に通っていた自分に、今さらながら感心した。
「わざわざおいでくださり、ありがとうございます」
勝手に曲を借りたり演出をねじまげたことを謝罪すると、両手をぶんぶん振り、「何をおっしゃいますか!」と大きな声で言った。
「お兄さんがここの宣伝に使ってくれたおかげで、うちに問い合わせが殺到して、入場券が三日分も完売したんですよ」
「えっ、そんなに?」
思わず声が裏返った。予想以上の反響に、胸が熱くなる。
「ささやかながら」と渡されたのは、一番いい席の入場券二枚だった。
ほんの一瞬、あの子の笑顔が脳裏をよぎった。
――なんで今、真っ先に。
複雑な心境で、跳ねるように去る団員を見送った。
……こちらが賭けに負けたら、南美川くんにでも渡そうかな。ちょっともやっとするけど。
和装ってこういうとき便利だよな、とか思いながら、封筒を帯の間に差し込んだ。
人の動きも落ち着いてきたので、梅ちゃんとねえさまにも休憩に行ってもらい、一人で店番をした。
あーあ。
あと半日もソラと会えない。
この場に、あの小さな姿が見えないだけで、ぽっかり穴が空いた気分になる。
ソラ、今日も玄関で待っているだろうな。寂しいって顔するから、なるべく早く帰らないと。
顔を両手で覆って、その隙間から大きく息を吐いた。




