第6話 呉服店の看板娘
そうこうしているうちに時間になり、お客さんが続々と入館してきた。
靴を脱ぐ仕草すら美しい。
きっと、ああいう人たちが着物を着ると似合うんだろうな。
それに比べて自分は……なんて暗いことを考えているうちに、お嬢ちゃんが向こうから戻ってきた。
その背中を名残惜しそうに見送る青年に、心がぎこちなく軋む。
まるで、自分の知らないところで、お嬢ちゃんが少し遠くに行ってしまったような――そんな気がした。
やっぱりあの子、お嬢ちゃんのこと……それならそれで、彼女が幸せになるならいいのかもしれない。
目の前の世界が、淡い幻想を一枚はがされて、急に生々しい色を帯びた。
……でも、それで自分は納得できるのか?
二人が付き合うことになると、自分の精神状態はどうなるのだろう?
親の、うれしいような寂しいような複雑な気持ちが今ならよくわかる。
そんな、人の気も知らないお嬢ちゃんは、お客さんがやって来る様子に緊張しているのか、落ち着きがなくそわそわしていた。
その不安げな横顔がかわいらしくて、少しだけ、荒れた心が落ち着きを取り戻した。
「接客してとは言わないから、立ってるだけでいいよ」
「そ、そうですか……」
基本はねえさまと梅ちゃんが接客をして、俺はその同行者の相手。お嬢ちゃんはというと、暇そうに待ちぼうけ――そんな感じだ。
ほかの店の様子を遠目で眺めていると、正面の店から南美川くんがまっすぐ向かってきた。お嬢ちゃんにではなく、なぜかこちらに。
「お兄さん、今日の売り上げ額で勝負しませんか?」
なんだか、南美川くんの目がきらきらしている。妙に楽しそうだ。
「……なんでまた、勝負なんて」
「……こっちの方が売れてるって、証明したいじゃないですか」
ぼそりと話す彼の耳はほんのり赤くなっていた。
ああ、なるほど。
かっこつけたいってことね。わかる。
「そちらが勝った場合は?」
「こっちが勝ったら……霜月、うちの広告の看板娘になってほしい」※
「はい!?」
あまりに素っ頓狂な声を上げるものだから、思わず吹き出しそうになったのをなんとか堪えた。
めったにない経験だろうから本人がやりたいなら撮影くらいしたらいい。ただ、学校で質問責めにあって、たじたじになるだろうけど。
その様子を想像するのは難しくなかった。
「南美川くん。商品の値段は違うから、それで争うのはあまり得策じゃない。捌けた数で競うのはどうかな」
「はい、それで大丈夫です。じゃあよろしくな、霜月」
「えー……」
誘い方が雑だなあと、女性を誘ったことのない自分が思っては失礼か。
“看板娘”は単なる口実だろう。素直に付き合ってほしいと言えばいいのに……いや、やっぱりなしで。
足取りの軽くなった青年の背中を見つめながら、困惑しているお嬢ちゃんの顔の前で手を振るけど、呆けた顔つきで固まっている。
「すごいね。看板娘なんて」
「……なんで、わたしなんでしょう……」
「かわいいから、じゃない? いや……たぶんだけど」
「や、やめてくださいよ」
お嬢ちゃんは顔を赤くして手を振った。
戸惑っているのか、照れているのか――その両方かもしれない。
お嬢ちゃんの唇が小さく震えているのを見て、思わず口元が緩んでしまう。
「……なに笑ってるんですか」
「いや、別に?」
「絶対、笑ってましたよ」
「そりゃ、おもしろいからね」
お嬢ちゃんはふくれっ面になりつつも、どこか安心したように笑った。その笑顔を見て、胸のざわつきが、さっきよりもはっきりと波打つように強くなった。
笑顔の理由がわからなくなる。
まぶしすぎて、ちょっとだけ目を逸らしたくなった。
※ 『看板娘』とは、店先に立って客を引き寄せる美人の若い女性のことです。そういう職業があったみたいです。モデルみたいなものですかね。




