第2話 白猫の逆鱗
『消防士はがんばっているみたいなんだけどね。風向きがこっちに向いているから、火が来るんじゃないかと、うちのばあさんが怖がっていて……なんとか、頼めないかい?』
じいさま……三枝ばあさまが大好きだからなあ。それはもう気が気じゃないだろう。
久方ぶりの仕事依頼とはいえ、睡眠不足気味だし遠慮したいところだけど……二人のためなら仕方ないか。ちょっとめんどくさいけど。
父親譲りの黒髪をがしがしと掻きむしった。
「わかった。今から行くから、三枝ばあさまと一緒に、高台に逃げておいてね」
消防士が手に負えないほどの火災の場合、ほかの魔導士が応援に駆けつけている可能性がある。現場に着いたら終わっていましたでは、報酬ももらえないし、時間の無駄もいいところだ。
電話を終え、冷えた廊下を早足で通り抜けて寝室に戻る。
布団を踏まないよう気をつけながら、桐の箪笥を開ける。
中には、たとう紙に包まれた着物が何着か畳まれている。つかんだ着物の色はおそらく灰色。その上の引き出しには藍色の帯も置いてある。
寝巻きを放り投げてそれらを身につけた。
今は三月で夜中ということもあり、雪はないものの簡素な格好で出歩くには寒い。
――寒さ対策に、羽織も着ておこう。
唯一持っている羽織は、ねえさまが作った若竹色のものだ。男物にはめずらしく、十文字の形に咲いている管丁字という赤い花が裾部分を覆うように描かれている。
『あまっていた布の中で一番上等だったから』という選定理由らしいが、俺の緑色の目には妙にしっくりくる。目元に色があることで、どうも派手な着物にも抵抗がない。
そんなことを思い出しつつ、腕を通した。
「……なに? さっきからばたばたして」
――しまった。ただならぬ空気を察知。
案の定、声の主のソラは、布団の中から色気を感じさせる動きでぬるりと姿を現すと、目を細めてじっと俺を睨みつけてくる。
――まずい。怒っている。
ソラは大きく伸びをして、牙をむき出してあくびをした。あくびのはずなのに、攻撃的に見えるのは気のせいじゃない。
俺の仕事の相方であり兄でもある白猫は、物心ついた頃から一緒に過ごしている。
そう、だから、この子の性格は熟知しているつもりだ。
騒音で起こすと機嫌が悪くなる。
それで何度文句を言われたことか……。
「そのー……起こすつもりはなくてですね……」
弁明するも、あまり効果は見られない。
彼の目つきはいつにも増して鋭く、微動だにせず、まっすぐこちらを視線で射抜いてくる。
昨日の寝る前、布団を敷くと真っ先に中心を陣取って、あっという間に爆睡していたのを思い出した。
いい気持ちで眠っていたところ、物音で起こされたらそりゃあ怒るだろう。




