第18話 精霊の牢獄
まあ、勝てなくてもやってみるしかない。
「じゃあ、ルネは隠れていてね」
「大丈夫。ぼくに任せて」
「は? ……ちょっ、ルネ! 止まれ!」
ルネは人の制止も聞かずに番犬たちの前へ飛び出してしまった。
「おい、何やってんだ!」
思わず声が出たが、もう遅い。背中に嫌な汗がにじむ。
くそ。やるしかないか。
木の陰から出て、刀を召喚、鞘に手をかけた。
「……あれ?」
番犬たちは初め屈強な魔獣の姿だったのに、今は飼い犬のようにおすわりしていた。
逆らってはいけない者でも見たかのように。
――嘘だろ。さっきまでの緊張はどこへ消えた?
「……何したの?」
「おすわりって言った」
ルネは羽をふるりと揺らし、まるで当然のことのように言った。
言霊の力か?
俺が召喚した魔法獣なんだから、使えて当然か。
まあ、攻撃してこないのならよしとしよう。
ヘルハウンドの横をそっと移動し、研究所の残骸に触れてみた。肩にカラスが舞い戻る。
「ここで何が起こったのかわかる?」
「見たことのある人間以外の動きはわからない」
つまり、前に見せた卒業生の名簿に載っていない人物のことはわからないということだ。偶然出てきてくれたとはいえ、知恵の神を参考にした魔法獣のルネが研究所を見たら、何かしらわかると思ったんだが。
濡れた地面を踏みながら、崩れた建物内を観察する。
火事で焦げた建物は、かつての姿を留めていない。外壁は黒く煤け、焼け焦げた部分が広がっている。
雨風にさらされたため、木材や壁材はボロボロになり、建物全体が痛々しいほどに荒れ果てた状態だった。
骨組みだけが残った亡骸のようだ。
しかし燃えたのは、建物と実験に使っていたと思われる機械のみ。椅子や文房具などは無事みたいだ。
「ここ。霜月香代の魔力が使われた場所」
羽で指された方向は、一番燃え方がひどい場所だった。時間が経っているにも関わらず、煤がこびりついて黒く変色していた。
ここで何があって、お嬢ちゃんの魔術が発動してしまったのだろう。
――どんな気持ちだった?
怖かったのか?
痛かったのか?
今は元気だけど、あの日、彼女の身に何があったのか……。
「同じ場所に、ヘルハウンドとは別の精霊の魔力が使われた痕跡がある」
別の精霊?
「その精霊と会ったことないのか?」
「人間の過去は見えても、精霊については見えない。見てはいけない決まりがある」
決まり、ね。なんでも自由ってわけじゃないんだな。
首を傾げてほかの場所も見てみる。
資料らしいものは落ちているが、二年も雨風にさらされていると中身を読むのは難しい。机の引き出しを開けてみたが、中も水に濡れてぐしゃぐしゃだ。
ルネはお嬢ちゃんがいた箇所をつぶらな瞳でじっと見て――恐ろしい一言を言ってのける。
「名簿内の人間の記憶を見ると、おそらく、精霊のものと思われる魔法で……飲み込まれている」
……飲み込まれた?
意味が、すぐに理解できなかった。
理解したくなかったのかもしれない。
思考が、ぐらりと揺れる。
息が詰まる。
ルネの声は、雨音にまぎれて妙に小さく響いた。




