第16話 雨の魔法
だけどもう――やるしかないか。
今夜、研究所に向かおう。
霜月弘清が生きている。
そして神屋新が、霜月優香がこの家にいることを知っているであろう今、調査を進めていきたい。
……きっと、見張りの獰猛そうな犬の魔法獣がうろついているはずだ。だが、前回のように何もせず引き返すつもりはない。
空を見上げる。
今日は一日中くもりだが、お嬢ちゃんには念のため傘を持たせている。駅までの道も長いし、帰り道も遠いから。
それが役に立つとは思わなかった。
なぜなら今から雨を降らせるからだ。
「そぞろ雨」
小さくつぶやいた途端、空気がひんやりと湿り気を帯びた。
しばらくして、池に一粒の雨が落ちる。
次いでもう一粒。
ぽつ、ぽつ。
やがて、それが途切れなく降り続く雨になった。
人の匂いや足音、さらに視界も悪くなれば、あの魔法獣に勘づかれにくいだろう。水や風属性魔導士じゃないのに空を操るなんて、神様の真似事みたいだ。
言霊が、足りない想像力を補ってくれるおかげで、ある程度のものなら出せる。
蝋燭に灯す小さな火とかは無理だったけど。
属性魔法は使えないのに、気候は操れるなんておかしな話だが。
今日、ソラは置いて行こう。もし襲われて噛まれでもしたら……。
想像しただけで、胸がぎゅっと締めつけられる。
足元にいたソラは、俺の足の甲に肉球をそっと乗せた。用事があるときの彼の癖だ。
「……優香、今、外で授業してないといいねえ」
「やべっ! 忘れてたわ!」
雨を降らせたことは黙っておくことにしよう。もしお嬢ちゃんが「授業中に突然雨が降ってきた」なんて、万が一そんな話をされたら、どう誤魔化そう……。
胸の奥に、どこか後ろめたいような、小さな針で刺されたような痛みを感じた。
ご機嫌とりに、おいしいものでも作っておくか。




