第51話 真珠の心
「貴重な時間をありがとうございます」
「ぜひがんばってくれ。そして大臣の鼻を明かしてくれ」
二人同時に椅子から立ち上がり、握手を交わす。
こんな大事にならなければ心強い味方だったのに、残念だ。
肥大化の薬を投薬するとき、組合員に立ち会いしてもらえれば、動物が暴れたところでお咎めはなかった。
まあその場合は、依頼したことが大臣に見つかって、ただじゃおかなかっただろうけど。
もし、飯島があのうなぎに薬を投与しなかったら、彼女に出会うこともなかった。
……俺にとっては、お嬢ちゃんと出会えたのは奇跡だった。
でも、そのきっかけがあの薬だと思うと……感謝と憎しみが入り混じって、頭の中をどう整理していいのかわからない。
変な巡り合わせだが、これも運命だ。
部屋から出て廊下を進み、オオツチ支部の人に身柄を引き継ぐ。
「飯島さん!」
支部のどこかにいたお嬢ちゃんが小走りでやって来て、手枷をはめられている男の前に立った。
顔をしかめて今にも泣き出しそうな彼女は、唾を飲み込んでから口を開いた。
「……飯島さんは優しいから、きっといろんな事情があったんだよね? 気まぐれでこんなことしてないよね?」
飯島は口を閉ざした。眉をわずかに寄せ、視線を足元に落としたまま。
彼が今、何を考えているのかわからない。
でも、苦しそうなその顔が、すべてを物語っていた。
――無言を貫くのが今は一番いい。お嬢ちゃんの心に負担がかかるだけだ。
……言葉が返ってこないのはわかっていたのだろう。それでも彼女は、何も言わない男の顔を見据え、弱々しく微笑む。
「――また、研究所のみんなでごはん食べようね」
彼女の声は震えていたけれど、その笑顔はまっすぐだった。
涙が落ちる前にお嬢ちゃんが支部の外に走り出した。
背中を追いかける直前、背後から小さく、「ごめんね」と聞こえた。
***
人の少ない公園の太い木の裏、彼女はしゃがみ込んで泣いていた。
同じように屈んで、声をかける代わりに、そっと背中を撫でた。泣きやむまで、ただそれだけを繰り返す。
あの場で、よく優しい言葉をかけられたものだ。えらいな、この子は。
しばらくして、鼻と目が真っ赤になった彼女が、とても申し訳なさそうな表情で頭を下げてきた。
「……重ね重ねありがとうございます……」
「飯島を信じてあげたんだね。きみは強いよ」
もし、自分だったらそんなふうに信じられただろうか。事情も知らないのに、それでも他人を信じることができる――
俺には、そんな強さはなかったかもしれない。
お嬢ちゃんは、純粋な心の持ち主なのだろう。
涙に濡れたその瞳は、どこまでもまっすぐで、強かった。




