第47話 冷厳の箝口令
「香代さんの魔力に絡みついている件の魔術は、優香さんの魔力の方にはいかなかったのですか?」
「ああ。優香ちゃんはそのとき、一度も魔術を発動していなかったおかげもあるが。香代さんの魔力の方に滞留し続けたんだ」
香代さんの魔力を移植したあと、思惑通りにことは進み、『二十歳まで生きられる』という魔術の呪いから免れることに成功した。
本人の魔力に絡みつかない限り、影響は受けないということだろう。
だけど、母親の命と引き換えだ。
……代償が大きすぎる。
なんで……こんな方法しかなかったんだよ。
言いようのない悔しさが込み上げる。
「……じゃあ、話の続きな。二年前のあの日、大臣が一人で研究所を訪ねてきた」
「――大臣が?」
思わず身を乗り出す。
「まあ、それ自体はよくあることなんだ。その日は、優香ちゃんに移植した魔力の状態を確認する定期検診の日で……大臣も、魔力の流れを興味ありげに見ていたな」
一度ため息を吐いた。
手枷のはまった両手を机に乗せ、前のめりになる。
「俺は現場を離れて別の実験に入ったから、直接は見ていないんだが。いつも検診が終わっている時間帯に、優香ちゃんの悲鳴がしたんだ。聞こえてたやつは全員駆けつけたと思う。部屋に入った瞬間――金色の炎が上がった」
それは、炎というより――何か異質な存在に近かったと、彼は言った。
金炎が一気に天井を這い、床を舐めるように広がっていく。誰がどこにいるのか、もうわからない。
そんな状況の中、飯島は持てる物だけ持って、必死に出口を目指した。
そして、研究所の外に出て、魔法を駆使して港近くにある消防士の元に向かったそうだ。
通報したのはあんたか。
そのとき持ち出せたのが、肥大化の薬だったと。
「俺含め、外に出られたのは十人だ。けど、冷静になってみたら……あの炎、全然熱くなかったな」
炎に包まれたのに皮膚が焼かれない。
煙も出ない。
研究所以外のものには牙を剥くことがない――特殊な力。
「あのとき、魔術を見たのは初めてだったが……助けに行こうと思えば行けたはずなのにな」
飯島は自嘲するように笑ったが、その表情の奥に、恐怖が滲んでいた。
消防士に声をかけたあと、再び研究所に戻り消火活動をしようとしたとき。神屋大臣が、炎の中から無傷で現れた。
その姿を見た瞬間、背筋がぞくりとしたと言う。
まるで、金の炎が意志を持って避けるように、彼の進む道を開けた。
大臣が何か力でも使ったのだろうか?
「この日の出来事は、誰にも話さないように」
そう、大臣は低い声で言った。
目が笑っていなかったのが印象に残ったそうだ。
しかし、一人の研究員が、正義感からか……それとも恐怖からか。
当時のワタツミ支部責任者の細淵仁英さんに、火災の原因を告げてしまった。
その後、その研究員の行方はわからなくなったとのこと。
告げ口した研究員は神屋大臣に消されたのだと思い、飯島は怖くなってしばらくは家に篭っていた。
けれど、何ヶ月経っても報復も何もなく、収入を得るため新しい職場で働くことにした。




