第40話 布団のアルマジロ
こちらも前から思っていた疑問をぶつける。
「お嬢ちゃんだって、俺のこと苗字で呼ぶじゃないか。陽菜と那智のことは名前で呼ぶのに」
「お二人は、下の名前で呼んでって言われましたので」
さすが、対人慣れしている人間は最初から言うことが違う。
そんなこと他人に言ったことないぞ。
「あ、じゃあ!」と、いたずらを思いついたみたいに、彼女の表情がぱっと明るくなる。
「これからは『ユウナさん』って呼びますね。だから、わたしのことも名前で呼んでください」
はい、どうぞ、って……なんだそのわくわくした顔。名前呼びを待たれるとか、なんの時間だよ。
「えー……お嬢ちゃん」
「なんでですか」
「……二人ともうるさい」
熟睡していたはずのソラに怒られたので、二人で慌てて布団をかぶって眠ることにした。
***
起きた。
ゆっくり布団から這い出て愛猫の姿を探す。
ソラは近くの枕の上で、お腹を開いた状態で熟睡している。
口元から牙がちらっと見えるのがかわいい。
隣の敷布団からは、お嬢ちゃんがいなくなっていた。先に起きたのかと思ったら、布団の塊から足が一本見える。
そっと覗くと、襖を越えた先の畳の上まで転がり、丸くなって寝ていた。
そっと転がして、敷布団に乗せておく。
もしかして……俺の隣で眠るのが嫌で、 布団を被って逃げていたのか?
と思ったけど、彼女が使っていた敷布団はぐしゃぐしゃで、転がった痕跡がしっかりついている。
これは、あれだ。
「寝相、相当ひどいな……」
音を立てず、布団を踏まないように気をつけながら障子を開けた。
雨が窓枠に当たってぽつんぽつんと鳴っている。白っぽい雲のおかげで外は明るく見えた。
彼女を起こそうかどうしようかと時計を確認したが、朝食を始めるには早い時間だった。
昨日は疲れただろうし、しばらく寝かせておこう。
水を飲んだあと、寝巻きを脱いだ。
せっかく高い旅館に泊まらせてもらっているし、雨の音を聞きながらの風呂も悪くないか。
襖に『入浴中』と書いた紙を貼り、閉めておいた。
露天風呂には屋根がついている。雨が柵に弾けて一粒ずつ小さくなり、風呂の周囲に霧のようなもやが立ち込めていた。
……なんだか、夢の中にいるみたいだ。
現実の輪郭がぼやけて、どこか遠くに流れていきそうな――そんな朝だった。




