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魔導士は白猫を飼っている  作者: 汐田 伊織
5章 化物共

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第36話 脱退の理由


川沿いの散歩道は静かで、薄闇にほのかな灯りが揺れていた。

川面に映る光が、波にゆらめいてきらきらと輝く。

ひそやかに響く水音が、夜の空気をいっそう澄んだものに感じさせる。


川から虫が飛んでこないか警戒している途中、お嬢ちゃんが「言いにくかったら大丈夫なんですけど」と、前置きをしてきた。



「――どうして、組合を辞められたんですか?」



そういえば、言ってなかったっけ。

隠したくなるような理由でもないし、そんな申し訳なさそうな表情をしないでほしい。



「庄屋の米田さんちに泥棒が入ってさ」


「えっ」



「カグツチには支部も交番もないから、対処が間に合わなかったんだ。その泥棒は、俺が本部から帰ったあとに捕まえたんだけどね」



あのときの村のみんなの悲しそうな顔が、今でも忘れられない。俺はこの人たちに、もう二度とこんな表情をさせてはだめだ……と、心に決めた。



「このままだと、また村の人に何かあっても駆けつけられないと思って。だったら、組合抜けて村にいたほうがいいかなって」



脱退を願い出ると、ミカヅチ本部一同に全力で止められ、最終的に事務次官の許可を得るまで二ヶ月要した。


辞めたのはいいが、村人からの依頼だけでは生活が成り立たない。

金を要求しなかったのもあるが。


ほかの地域に営業をかけても門前払いをされ、ずっと仕事がない状態が続き……個人経営は諦めて呉服店を継ぐつもりだった。


たまに村の人たちの困りごとを解決すればいいかな、と。



でも二年前のあの日、銀三じいさまからの電話が人生の転機となった。



「米田さんには悪いけど、きっかけをくれたのはありがたいと思うよ。今は結構自由にやらせてもらってるから」



途中まで相槌を打っていたお嬢ちゃんは完全に黙ってしまった。


聞いて悪かったなんて、思ってるわけじゃないよな。想像していたのと違った方かもしれないが。



話題を変えようと口を開きかけたとき、彼女は目を伏せ、はにかむように笑った。



「やっぱり、誰かのためを想っての退職だったんですね。予想通りでした」


「え? そう?」



灯りに照らされている彼女は、微笑みを浮かべながらまっすぐこちらを見つめてくる。やわらかな光に包まれた彼女の姿は、まるで絵画のように美しく、どこか儚げにさえ見えた。



「利他さんが組合を辞めていなかったら……こうして出会って、今みたいに一緒に歩くこともなかったかもしれませんね」


「まあ、そうだね」



「改めて、あのとき助けてくれてありがとうございます。利他さんに会えたことが、わたしにとって一番の幸せなんです」



ぐっと、胸が詰まった。


いろんな感情がぐるぐるして、泣きそうだ。

「ありがとう」と返した声が震えていたのに気づかれただろうか。

喉の奥が詰まって、まともに呼吸もできない。



そのまま二人、言葉少なに旅館へ戻った。


お嬢ちゃんに幸せだと言ってもらえたことが、夜の静けさの中に溶け込んで、いつまでも心に残っていた。




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