第33話 旅館内の探検
湯から上がり、脱衣場に戻ると、そこも貸し切り状態だった。
なんだか今日、運いいな。
うわ、氷式冷蔵庫まで設置されている。
風呂上がりに冷たい水が飲めるなんて贅沢すぎる。
濃紺に、薄く白い縦線が入った自前の浴衣に着替えて脱衣場をあとにした。
お嬢ちゃんはまだのようだ。
男湯の入口付近に置いてあった椅子に腰掛けて、足をぶらぶらと揺らしてみる。
ここにソラがいたら、白い毛が湿った身体にびっしり貼りついて、まるで別の生き物みたいになっていたな。
連れてこなくてよかった。
「あれ、利他さん。部屋に戻られたのかと」
顔を上げると、風呂上がりで頬を紅潮させた――ほんのちょっとだけ色っぽく見えるお嬢ちゃんの姿があった。
旅館の大きな草履を履いて、ひょこひょことたどたどしく歩く姿が、ひよこみたいでかわいい。
「ちょっと旅館内探検しようかなって」
「いいですね。楽しそうです」
機嫌よさそうに微笑む彼女の浴衣に目を向けた。
借りてきた浴衣は、白地に青と紫の紫陽花が全体に描かれたもので、なんと帯は伸縮性がある。
帯をわざわざ締めなくていいみたいで、着物の進化に驚愕した。
近年は洋装が増えつつあるため、着物離れが激しくなっている。そのせいか、着方を忘れた人も出てきたらしいけど、これなら誰でも着るのに苦労しない。
実家がやっている呉服店で販売したらいいかも。
「浴衣、綺麗なやつ選んできたね」
「はい。一目惚れでした」
二人で旅館内をなんとなく探検しながら部屋に戻ることに。
廊下を歩くたびに、板張りの下からかすかに軋んだ音が返ってくる。磨き込まれた床は、石油ランプの淡い光を映して、まるで水面のように揺らめいていた。
壁際には、先代の書といった趣の掛け軸や、生け花が静かに飾られている。
どこかでお香が焚かれているのか、ほのかな白檀の香りが漂い、時間がゆっくりとほどけていくような居心地のよさだった。
部屋に着いた頃には食事を始められるような時間で、ソラには、シナツ町の喫茶店でもらった猫用のお菓子を。妖精のエルとビットには、売店に売っていたお菓子缶をそれぞれ渡す。
仲居さんが部屋に一品ずつ料理を運んでくる仕組みらしい。
今の旬の食材が色とりどりに使われ、それを乗せた皿はオオツチ町で作られたものだそうだ。
次から次へとやってくる美しい料理の中でも、目を引いたのは焼き魚だった。
表面はこんがりと焼き色がつき、湯気が立ちのぼっている。箸を入れると、ふわりと白い身がほぐれ、口に入れれば脂の旨みが広がった。
「ごちそうさまでした」
「おいしかったですね」
喜びを頬に浮かべるお嬢ちゃん。旅館に来てからずっとうきうきしていて、見ているこっちまでうれしくなる。
立ち上がり、背伸びしながら窓の外を眺めると、飲食店や土産物店に灯りがつき、温泉街を散歩する人間が見下ろせる。
みんな楽しそうに歩き回っていた。
部屋にある露天風呂も入りたいけど、腹ごなしに散歩も悪くない。
……まあ、この子のかわいい姿をほかの人らに見せつけたい、なんて下心がちょっとだけあるのは否定できない。




