第30話 湯宿のひととき
夕飯の時間を適当に決め、部屋の鍵と、何やら木の札を受け取る。
「これは……?」
聞くと、温泉街の全店舗で使える札だそうで、かかった金額が全部半額になるらしい。
これ……すごくないか?
そんなお得なものは、町長の特別なお客さんにしかもらえないとのこと。
明日会う機会があったら、ちゃんとお礼を言っておこう。
仲居さんが部屋の準備を整えてくれたあと、ふと気がつく。
あれ、これ……お嬢ちゃんと同室じゃないか?
「あー……もう一部屋空いてないか聞いてくるね」
俺は……まあ、別にいいけど。さすがにお嬢ちゃんが嫌だろう。
うん、それに……いろいろ問題がありそうだ。
「え? あっ、すみません。気づかなくて。一緒の部屋はだめですよね」
本気で気づいていなかった様子を見ると、お嬢ちゃんの自己防衛能力の低さにこちらが不安になる。俺が那智みたいに見境ない人間だったらどうするんだ。
受付に戻って聞いてみると、今日は予約でいっぱいでどこも空いていないと言われてしまった。
ちょうど部屋の間に襖があるから、それで仕切って我慢してもらおう。
「部屋空いてないって。そこで区切れるから、寝るときは分かれようか」
「わかりました。ふふ、なんだか、合宿みたいでわくわくしますね」
襖の前に立って、少し首を傾げながらにこにこと機嫌よくしているお嬢ちゃん。
彼女の言葉が脳内でぐるぐると駆け巡った。
合宿……わくわく……?
記憶の奥底から蘇るのは、高校の登山合宿。
風呂上がりの全力枕投げ大会、耐え難いほどのいびき、布団に入った瞬間に始まる下品な話。
さらには、宿泊施設での告白祭り――もう、勘弁してほしかった。
しかも、そのとき付き合った連中、全員破局してたし。意味わかんねぇ……。
「女学校は合宿とかあったの?」
八意高校の合宿は、確か二年生になってからのはず。一年生のこの子はまだそれを体験していない。
話を振ると、彼女は意外にも目を輝かせた。
「はい、ありましたよ。友だちとお喋りしたりして楽しかったですね」
楽しかったのならいいけど、俺はもう一度したいかと聞かれると、全力でお断りしたい。
「合宿と言えば……やっぱり恋愛話とか? 好きな子いた?」
「ひえっ。急にその話ですか……いませんでしたよ。かっこいいなって思った先輩とかはいましたけど」
「なになにー?」
部屋の見回りを終えたのか、ソラがのそりと顔を出してきた。
「楽しそうな話してるねえ。ぼくも混ぜてー」




