第20話 薬の効能
「ぐ……っ」
飯島のポケットからガラスの割れる音がした。同時に透明な液体がじわりと滲み出す。
――血、じゃない。
あれは、例の肥大化の薬か?
お嬢ちゃんのほっとした表情で、狙いが薬の破壊だったことがわかる。
……見事だ。
でも、なぜだ?
槍が脇腹に突き刺さったはずなのに、火傷もなく、無傷。飯島も困惑してる。
――あれが、魔術なのか?
いや、でも金色の炎じゃないし……。
飯島は刺さったままの炎の槍を素手で引っこ抜いた。床に放り投げられたそれは、パキンと音を立て、ガラス細工のように砕け散る。
「こら! 貴重なんだぞこれ!」
舌打ち混じりに怒鳴ると、今度は反対のポケットに手を突っ込み、もう一本薬を取り出した。
お嬢ちゃんが再び炎の槍を生成する。
しかし――。
「っ……!」
木の根が咄嗟に伸び、その手をはたいた。槍は軌道を逸れ、天井へと突き刺さる。
「もう一回くらい動物に使いたかったが、この際だ」
まさか――飲むつもりか!?
まずい。今は頭の痛みなんて構っていられない!
走れ!!
止めないと!
魔力の肥大化の薬が成功していた場合、あれを飲んだら桁違いの魔法が放たれる可能性がある。
けど、副作用だって不明だ。火事の話を聞く前に廃人になったら最悪だ。
木の根が邪魔で距離が詰められない。焦りで手が震える。
ああもう!
魔力が尽きかけでも――止めるしかない!
魔法を発動しようとした、その瞬間。
カチッ。
薬の瓶の蓋が飛び、飯島は迷いなく飲み干した。
「くそっ……!」
間に合わなかった。
彼の背中が一瞬、痙攣したように波打つ。皮膚の下を何かが走っているような……そんな不気味な動きに、ぞっとした。
飯島は口元を押さえ、吐きそうに顔を歪めていた。
なんだあれは……本当に大丈夫か?
もしかして、人間用じゃなかった……?
お嬢ちゃんが足を引きずりながら駆け寄る。
「飯島さん!」
「……ごめん、優香ちゃん。本当はこんなこと、したくなかったのに」
その声は、哀しみを孕んでいた。
しかし、男の意思は固い。
指をひと振りした。
ゴゴッ……!
お嬢ちゃんの足元から木の根が爆発的に生える。
さっきまでとは明らかに次元が違う。速度も、量も、質も。
まるで生きているかのように、狙い澄まして襲いかかる。
「っ――!」
驚いたお嬢ちゃんの反応が、わずかに遅れた。
ドンッ!!
太い根が、音を置き去りにして突き出される。
彼女の腹部に直撃した瞬間、身体は宙を裂き、壁に叩きつけられた。鈍い轟音とともに粉塵が噴き上がり、抵抗もなく床に崩れ落ちていく。
「……っ、う……」
苦しそうに荒い息を吐き、身体を震わせながらも、腕でなんとか起き上がろうとする。
急いで駆け寄って、抱き上げた。
……信じられないくらい軽い。
痛々しい生傷だらけで、服も裂け、顔も煤けている。
こんなことのために、連れてきたわけじゃない。
俺は、どんなことがあっても守るって決めていたのに。
……なのに。どうして、こんなことに……。
保護者失格だ。
震える腕の中で、彼女はまだ、必死に呼吸を続けている。
俺には……それを見ていることしかできなかった。




