第19話 別離の火花
彼女は剥がれた床に足を取られながらも、襲いかかるように伸びてきた木の根をギリギリでかわしていく。その動きは俊敏だが、追いつかれそうなほど危うい。
飯島が人差し指を軽く振っただけで、割れた床の隙間から大量の蔦が湧き出し、瞬く間に広間が緑に覆われた。
生き物のように蠢くそれらが、敵意をもってお嬢ちゃんを取り囲む。
「利他さん。手、出さないでください」
魔法で応戦しようと身構えた俺に、彼女が冷たく制止をかける。
その一瞬の油断だった。
細い蔦が、疾風のような速さで細い足首に巻きつく。
「くっ……!」
勢いよく逆さ吊りにされたお嬢ちゃんが、呻き声を漏らした。
彼女は即座に小さな炎を発生させて蔦を焼き切り、体勢を崩しかけながらも片手をついて着地。
そのまま床を叩く。
すると、火の紐がうけるように現れ、男の体を縛り上げようと蛇行した。
この子……想像以上に魔法の扱いがうまい。
「……魔法、うまくなったね」
まるで昔を懐かしむような、どこか切なげな笑みを浮かべる飯島。
だが間髪入れず、左腕を大きく薙ぎ払うと、壁から迫り出していた枝が風を裂いて動いた。
その枝先から放たれた無数の葉が、刃のように鋭く、一直線にお嬢ちゃんの元へと押し寄せる。
「っ……ああっ!」
葉が、彼女のむき出しの太ももを裂いた。
鮮血が飛び散り、片膝をついて、流れる血を押さえる。
「お嬢ちゃん!」
痛みに耐えながら、それでもなお立ち上がろうとする姿が胸を締めつける。
慕っていた彼女に、そこまでするのか。
……欠乏症なんてどうでもいい。
今この状況を打破できないなら、死んだ方がマシだ。
両の手のひらを交差させた状態で腕を伸ばす。
そのとき、彼女が指を鳴らした――寸秒、視界いっぱいに火花が弾ける。
「うっ……!」
目もくらむような閃光に、思わずまぶたを手で覆う。そのせいで魔法は発動未遂になってしまった。
「何を……っ」
「利他さん、だめだって言ったじゃないですか」
彼女は汗を滴らせながら、それでも苦しげに微笑み、敵に向かっていった。
魔力欠乏症になったから、戦わせないようにしているんだ。
……俺はなんて無力なんだろう。
爪が食い込むほど拳を握り、ただ見ていることしかできなかった。
お嬢ちゃんは全身に炎を纏わせた。
赤と橙の炎が揺らめき、まるで彼女の意志そのものが燃え上がっているようだ。
熱が肌を焼くほど近く、眩しさに目がくらむ。
まとわりつく木の根や飛来する葉が次々と燃え落ち、焦げた灰が舞った。
その中を、血を流しながらも怯まず、真正面から踏み込んでいく。
だが――経験の差は歴然だった。
飯島の動きに乱れはなく、刃のような葉の一撃ごとに、お嬢ちゃんの体には新たな傷が刻まれていく。
――痛々しい。
もう、見ていられない。
止めたい。
俺は思わず一歩、前に出そうになった。
けれど、足が震え、床に貼りついたように動かない。
相手を止められるだけの力が、今の俺に残っているのか?
頼む……ソラ、早く来てくれ……!
彼女が砲丸投げのように腕を構える。
手のひらに現れたのは、赤々と燃える槍。炎を纏ったそれが、一閃、唸りをあげて放たれる。
飯島は反射的に木の根を前方に突き出し、分厚い壁を形成した。
だが、槍が触れた途端、轟音とともに炎が爆ぜ、焼け爛れた穴がぽっかりと空いた。
「……!」
そのまま槍は直進。
脇腹に槍が突き刺さった瞬間――飯島の顔が苦悶に歪み、広間の空気が凍りついた。




