第18話 悽愴の炎
薬についての討論が一段落した頃、ちらと視線をソラが向かった方にやった。
お嬢ちゃんの目の前で火災について質問することはできないし、ソラはまだ来ない。
さて、どうしたもんかね。
先生の行方……知らないだろうが、一応聞いてみるか。
「霜月先生の行方は知っていますか?」
「知ってたらこんなことしてねえよ」
長いため息を吐いて肩を落とす飯島。その姿からは、どこか人としての弱さがにじんでいた。
……霜月先生の失踪が、彼をここまで追い詰めたのか。
彼が一人になっても実験を続ける理由――思い当たるのは、一つしかない。
思考中に、「そろそろとんずらさせてもらうわ」と、男がぼそりと言った。首を鳴らし、ストレッチしながら身体をほぐし始める。
「……あんた、優しいな。こんなやつの話、聞いてくれて」
「いえ。あなたと話していると、つい時間を忘れてしまいますね」
これは皮肉じゃなくて本心なんだが、そう受け取ってはくれないだろう。
「……でも、それとこれとは別です。怪我人がいないとはいえ、罪は償ってもらいますよ」
「……あんたを攻撃したくなかったんだが」
一瞬の静寂。
次の瞬間、飯島が拳を握った状態で腕を前に突き出した。
――来る!
魔力が一気に集まり、空気がビリビリと震えだす。無風なのに、圧力だけで周囲を押し潰すかのようだ。
突然、お嬢ちゃんが俺の前に飛び出し、間に割り込んできた。
「飯島さん! こんなの、絶対だめだよ!」
「悪い、優香ちゃん。薬が完成するまで……捕まるわけにはいかないんだ」
飯島の拳が開かれた瞬間、病院の床が爆音とともに弾け飛ぶ。そこから現れたのは、太く黒い木の根。
まるで生き物のようにうねり、軋み、空気を切り裂いてこちらへと突っ込んできた。
獲物を仕留める蛇のように、素早く――お嬢ちゃんがその根に触れた途端、火花が弾け、燃え広がる炎が根を包み込んだ。
乾いた音を立てながら、それは一瞬で灰に変わる。
目尻に光が浮かびながらも、彼女は震える声で言った。
「利他さんを傷つけたら……許さないよ」
静かに、でも確かな怒りを孕んだ声。
彼女が手のひらを合わせ、パンッ、と鋭い音を鳴らすと、飯島の足元から炎の渦が噴き上がった。業火の柱が天井まで伸び、飯島の姿を包む。
「ぐっ……!」
服の火を叩き消しながら、飯島が炎の中から飛び出してくる。その表情に、もう迷いはなかった。
刹那、床と壁を突き破って新たな根が出現する。鋭く、しなやかに、まるで鞭のようにしなる根が、お嬢ちゃんへと殺到した。
一瞬だけ、飯島の瞳にためらいが宿った――だがそれもすぐ、炎の光にかき消された。
「……説明できんが、これは優香ちゃんのためなんだ。お願いだから――今は逃げさせてくれ!」
「わたしのためって、どういうこと? 町を襲わせて……何がしたいの?」
炎と木の根が交錯する中、会話が続くこと自体が奇妙だった。
だが、彼女の問いに、飯島は歯を食いしばったまま――もう何も答えなかった。




