第15話 肥大化の薬
目の前には、帽子を深くかぶった男。
彼に向かってお嬢ちゃんが震える声で「飯島」と呼ぶと、ひどく困惑していた。
「なん、で……優香ちゃんが……」
二人は顔見知り、なのか。
しかし、この男がわざわざ俺のいる病室に来たってことは……そういうことだろうな。
それにしても、飯島……どこかで聞いたような……いや、見たような?
うーん。たしか、学校で……。
ああもう、思い出せん。後回しだ。
「……横から失礼します。あなたは、今回の襲撃を手引きした方ですね?」
聞くと、ぎろりと鋭い眼光で睨まれた。
張り詰めた空気の中で、飯島は唇を噛みしめ、怒りからか肩が小刻みに震えている。
そんな俺たちの間に、お嬢ちゃんは割って入る。
彼女の悪意ない眼差しに男はたじろいで、一歩、二歩と後ずさった。
「あの動物に“肥大化の薬”使ったのって飯島さんなの?」
……肥大化の薬?
男は目線をそらし、彼女の問いかけには答えない。
魔力はまだ少ないけど……こいつ一人を捕まえるだけなら。
指を鳴らそうと構える直前、男は一瞬、呼吸を止めるように静止したかと思うと――床を蹴って跳ねるように走り出した。
「あ! 待て!!」
速っ!
やばい、急がないと!
「ソラとお嬢ちゃんは、応援呼んできて」
「はーい」
「いえ、わたしもついて行きます」
この顔は、止めても無駄みたいだ。意外と頑固なんだから。
さっきの様子だと、飯島はこの子に攻撃してくる可能性は極めて低い。いざとなったら先ほどみたいに結界で守ろう。
廊下を走り、階段を跳んで降りる男に続き、自分たちも駆け降りた。
「……飯島さんは、うちの研究所の研究員でした。実の父のように慕ってくれた、優しい人なんですけど……どうしてこんな……」
研究員……二年前の火事から脱出できた一人か。
それなら、火事が起きた瞬間を目の当たりにしているはず。絶対に捕まえないと。
「肥大化の薬って……どんなの?」
詳しくは知らないけど、また聞きでこんな話を聞いたらしい。
元々は“魔力を縮小させる薬”を作っていたらしく、魔法獣で実験してみたがうまくいかず。
ならば反対に肥大化の薬を作って様子を見ようということで、生み出された薬だと言う。
でも、火災が起きたせいで、そこにあった薬はすべて燃えてしまったものかと思っていたとのこと。
飯島がたまたまその薬を持って避難したのかもしれないな。
……それにしても、どんな目的で魔力を縮小させようなんて思ったのだろう?
最後の階段を降り、重い扉を開ける。
「肥大化の薬もまだ魔法獣に試している段階みたいで、魔力にどんな影響があるのかわからないそうです」
「魔力のない動物に投与すると……代わりに体が膨れ上がるのかもね」
ワタツミ街のうなぎや、今回の鹿のように。
凶暴性が増したのは、薬の副作用か何かだろうか。まあ、直接聞くしかないな。




