第8話 氷の魔法
「うわっ……あれって、鹿ですか?」
怯えた声を出す彼女と同じ方向に視線を向ける。その先には、巨大な鹿が建物に角を突き立て、崩れかけた壁を蹴散らしていた。
「そうみたいだね」
巨大うなぎを一度見てしまえば、巨大な鹿が何匹いようが驚きはしない。
初見の彼女は目を見開いて立ち尽くしている。
対してソラは「鹿って食べられるの?」と、のんきなものだ。
……まったく、食への情熱だけは変わらないな。
猫って、鹿食べても平気だったか……?
いや、人語を喋る時点で普通の猫じゃないか。
怪獣はどれも見上げるほどの巨躯で、五階建ての建物くらいはある。雄の鹿は太い角を振り回し、雌は足元を削るように跳ね回っていた。
あの大きさなら、もっと遠くから存在に気づけたはず。
なんで町に来る前に対処しておかないんだ……まったく。
「さて、二人でも探すか」
「なんでそんなに落ち着いていられるんですか……?」
「二回目だからねえ……」
とりあえず、友人たちは鹿の近くにいるだろうと足を進めたとき、薄いガラスが割れた音が聞こえた。
視界の右側、突然氷が剣山のようになって現れた。
――あれは陽菜の魔法だ。
あざやかに、一瞬で三匹の鹿を氷漬けにしてしまった。本当に出番なさそう。
お嬢ちゃんに急かされ、小走りでその場へ向かった。
氷山に近づくにつれ、肌を刺すような冷気がまとわりつく。
あまりに寒く、吐く息は白い。降っている雨が氷の冷気に当てられ、その周囲だけあられになっていた。
これだけの魔法を発動させた人物は、全身を覆える長さのカッパを着て余裕そうな表情で立っている。
「おーい、陽菜ー」
「あ、ユウナ! おそーい!」
朝はゆっくりしたくて汽車の時間遅らせたからな。叩かれそうだから黙っておこう。
「陽菜さん、おはようございます。氷魔法すごいですね!」
「優香ちゃんも来たんだ! ありがとねー」
「それ前買った服だよね?」と、きゃあきゃあ盛り上がっている二人に向かって咳払いした。
「仕事もうないよね? 建物の修繕に入ろうか?」
周囲の被害状況を見回しながら尋ねる。
「そうでもないんだよねえ。普通に巨大化しただけの動物だったら、オオツチ支部だけでもなんとかなるって」
たしかに。
うなぎ騒動のときはワタツミ支部の面々も手こずっていた。何か能力が働いているのか?
突然上から、割れるような音がした気がして――首を持ち上げ、陽菜が凍らせた鹿を見た。
「危ない!」
咄嗟にお嬢ちゃんを突き飛ばす。
――ドンッ!
氷の大きな欠片が、さっきまで彼女がいた場所に叩きつけられ、粉々に砕け散った。
背筋に冷たいものが走る。あんなでかい氷が当たったら、ひとたまりもない。
氷の表面にピキリとヒビが走り、次の瞬間、内側から蹄が突き上がった。
ガラスのように砕け、鹿が姿を現し再び暴れ出す。
「あの“氷原の魔導士”様の魔法だぞ!? ありえねえ!」
「化け物じゃー!」
「ちょっと!! そこの二人! ふざけてる場合じゃないでしょ!」




