第26話 移植の実験
家に着いた。
お嬢ちゃんは午後からも学校の説明会があるらしく、夕方近くまで帰ってこない。
資料を読むなら今の時間だな。
着ていた服を全部脱ぎ、藍色の着物に着替えて帯を巻いた。
やはりこちらの方が落ち着く。
手に入れた調査報告書を、寝室の端に追いやられている座卓の上に広げた。
畳の上に座った瞬間、愛猫が股の間にするりと侵入して資料を覗き込む。
まずは、十年前に起きた研究所の爆発事故から。
十一月二日の午後九時頃、霜月魔法研究所で爆発が発生。怪我人なし、死亡一人。
ここまでは新聞の記事と同じだった。
窓から差し込む光が傾いて、座卓の上に細長い影を落とす。紙の上を指が滑るたび、かすかな音だけが部屋に響いた。
「魔力の移植について……」
霜月清輝が研究している“魔力の移植”。
例えば、魔力を持たない人間に移植した場合、魔法の発現は可能なのか。
魔力量が少ないと言われる人間に移植した場合、魔力量は増加するのか。
複数人に渡って実験を行ったが、すべて失敗に終わった。
前者の場合、魔力の発現を認められなかった。
受給者全員が精神異常の発生を確認。どうやら、魔力を持たない人間はそれを受け入れられなかったみたいだ。
一方、後者の場合、元々所持していた魔力に提供者の魔力が合算されるのではなく、提供者と受給者、それぞれの魔力が体内に共存することがわかった。
ただ、魔力量増加の実験という面では成果を得られていない。
受給者の元の魔力が減少する形になったからだ。
魔力提供者は、提供した量に関わらず全員が死亡している。
一方で、受給者に死亡例はなかった。
実験は中止を余儀なくされた。
霜月清輝は「魔力の移植は人の命を奪う危険な行為であり、決して行うべきではない」と断言した。
報告書の下の方に、実験に参加した人の名前が載っている。
――最後の実験の魔力提供者は、霜月香代。
そして……受給者は、霜月優香。
「魔力の移植はしない方がいいってことだね」
「お嬢ちゃんに魔術が遺伝したせいで、やらざるを得なかったんだ。先生もつらかったろうに」
魔力量うんぬんの話は建前で、本音は、魔術の効果を打ち消せるか試したかったんじゃないかと思う。
魔力を移植したら提供者の妻が――移植されなければ魔術のせいで娘が二十歳で死に至る……最悪の選択だ。
そのときの先生の心情を考えると、胸が張り裂けそうになる。
でも、霜月先生はなぜ、魔力の移植で魔術の効果が消えると知っていたのだろう?
調査報告書には、そんなことはどこにも書かれていない。
まさか、偶然の産物だったのか?
……ま、調べていけば、いずれ答えには辿り着くだろう。でも、知ってしまうのが怖い気もする。




