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立派  作者: 月蜜慈雨


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10/11

紅葉の決断




 一人で精神科に通院する。いつものことなのに、冷とのお喋りがないと憂鬱だった。先生とは、いつも何を話せばいいか分からないし、いつも何を聞いているのかも分からない。

 今まではそれで良かったけど、冷という心の安寧を失った今、それだと俺には物足りなかった。




 思い切って、カウンセリングを別の場所で受けてみた。

 病院の近くにあるこじんまりとした建物が、その場所だった。

 予約番号を言われ、部屋に案内される。

 初老の男性が机を挟んだ向かいに座っていた。




「どうぞ、おかけください」

「はい…」




 おずおずと椅子に座ると、最初は当たり障りのない話題から始まった。

 今日は暑いですね、お体は大丈夫ですか、そうですか、最近はちゃんとご飯食べれていますか、そうですか、なら良かったです。

 初老の男性は、そして俺に話を促した。




「あなたの話を聞かせてください」




 俺は言葉を探しながら、ポツリポツリと話し始めた。




「適応障害になって初めて出来た、同じく適応障害の友達が、遠い場所に引っ越すことになったんです。もう二度と会えないような、そんな遠い所に」




 そこで言葉を区切った。初老の男性は、黙して話を聞いている。




「羨ましかった。決断出来たことが。わたしはまだ、会社を辞めるかどうかすら判断出来ない。それに寂しい。もう会えないことが、寂しくてたまらないんです」




 そこで俺の話は終わった。そのことに気づいたのか、初老の男性が手を組みながら、話し始めた。




「話してくれて、ありがとうございます。突然出来た友達が遠くへ引っ越す、寂しくて当たり前です。お話を伺う限り、会社に対して適応障害を発症しているんですね。決断に迷うのも、やはり当たり前です。これは私見ですが、わたしはあなたが入室してから喋り始めるまでの一連の動作から、あなたの心はまだ回復途上にあるのではないかと感じました。精神が回復すると、判断力が戻って、決断出来るんですよ。お友達はあなたよりも早く心が回復したのではないでしょうか。焦る必要はありません。心が回復して前を向くことが出来るまで、お休みを続けましょう。と、わたしならそう言いますが、もちろんそれを実行するのはあなたです。あなたはあなたのことを自分で決めていいんです。それだけは忘れないでください」




 それから、またとりとめのない話題を話して、カウンセリングは終わった。

 普通は通い続けるが、俺は次の予約を取らなかった。

 並木通りを歩くと、多くの人々とすれ違った。この人たちにも生活があって、事情があって、でも決して交わることはないと思うと、なんだか冷と出会えたのが奇跡みたいに思えた。




 陸橋から空を見上げながら、俺は初老の男性の言葉を反芻した。

 あなたはあなたのことを自分で決めていいんです。

 冷のように、俺も決断出来るようになりたい。素直にそう思う。




 家に帰ると、雑多に物が散らばった部屋が俺を迎える。

 手を洗って、うがいをして、PCの前に座った。

 そしておもむろに、退職願の書き方を検索した。









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