朝起きたら超デブに!?カロリー転換装置騒動顛末
しいな ここみ様主催『朝起きたら……企画』参加のコメディーSFです。
「うおおおおっ!?なんだこれ!?話と違うじゃねーか!」
朝起きたら超デブになってた。
っていうか、朝に突然身体が太っていく衝撃で目が覚めた。
太った勢いで服が身体を締め付けてきたのだ。
幸いその後に服が破れて窒息せずには済んだが。
前日まで70キロくらいだったのが、鏡を見ると最重量の相撲取りくらいある感じになってる。
で、俺にはこうなった原因に心当たりがある。
あいつがなんかミスったことで間違いない。
「なにが『じゃあ1~2キロ増やそうか』だ!」
文句を言いながら俺は今回の元凶である塩辻と連絡をとるべくスマホを手にとった。
◇◆◇
そもそもの始まりは1週間前に遡る。
「やー、湖竹君、今回もモニターよろしく頼むよ、あははははー。あ、新開発のフルーツジュースどうぞー」
その日の俺は、自称発明家、俺に言わせればマッドサイエンティストである塩辻の研究所兼工場兼自宅を訪れていた。
塩辻が開発した新製品のモニターのバイトの説明を受けるためだ。
塩辻の発明はささやかな日用品から高性能ロボット(取り扱いを間違えるとその辺に放火したりする)とか、やたら効く薬剤(原材料不明)などと多岐にわたり、俺にはこいつの専門がなんなのか未だに分からない。
普通はそんな怪しげな発明品のモニターなど引き受けないだろうが、こいつのバイトはとにかく報酬がいい。
今回も日当20万円で10日間。
訳あって金を稼がなきゃならん俺に断るという選択肢はない。
「で、今回はなんのモニターなんだ?」
「今回はこれ。このカロリー転換装置だよー」
塩辻は俺の目の前に縦横20センチ、厚さ5センチくらいの箱状のものを置いた。
箱の上面はタッチパネル画面になっていて、側面にはコンセントの差し込み口が4ヶ所ある。
「これはその場にいる生物の持つカロリーを電気エネルギーに転換する装置だね。人間なら主に脂肪を電気エネルギーに変えることができるよー」
「夢のエネルギー製造装置だな!?」
そんなことできるのか!?いや、こいつができるというならできるんだろう。
「まあ、変換効率悪いし、細かい調整必要だしで実用には耐えないけどねー」
「それでも凄いと思うけどな。でも俺ってそもそもあんまり脂肪ないぞ?筋肉とか減って他のバイトに支障が出ると困るんだが」
「モニター中はカロリーの高いもの食べればいいよー。モニター料とは別に1日1万円、前払いで振り込んどくよー」
「それはありがたいが……いや、その食費を出すより、ダイエットしたい奴を募集したほうが手っ取り早くないか?」
「これは使用者の詳細な肉体データに合わせてプログラムを調整する必要があるんだ。今のところ僕以外では湖竹君にしか使えないよー」
「なるほどな」
だから高いバイト代を払っても俺にモニターさせるのか。
「他の人が使うと生命の危機に関わるレベルでカロリー吸い取られる可能性があるよー」
「俺使って大丈夫なんだろうな!?」
「大丈夫だよー。あ、効果範囲は湖竹君の部屋の中に設定してるからモニター中は部屋に他の人をいれないでね。あと観葉植物も枯れるからアウトだし、犬猫も拾ってきちゃだめだよー」
「犬猫拾ってきたりはしないが。まあ、わかった」
「じゃ今日から頼むね。あ、フルーツジュース飲んでってよー」
「新開発って……」
「いや別に薬剤とか入ってないって!味の新開発だよー!裏の畑で品種改良して甘くなったベリーとかからつくったんだって。甘味料加えなくても果汁自体がすごく甘いんだよー」
「同時並行でアレコレ研究すんなよ。ちゃんと休んでんのか?……あ、ほんとだ凄く旨い」
そんなわけで装置を持ち帰り、その日からモニターを開始した。
そして6日目の夜、アパートの自室で装置に電気スタンドや洗濯機を接続して使用しながら、俺はその日の報告データを送信した後、塩辻と通話していた。
「体重が約3キロ減かあ。一応想定の範囲内だけど体調はどう?」
「今のとこ問題ないな」
塩辻が振り込んでくれる金で結構な高カロリー食を食っているのだがそれでも少しずつ体重が減っていく。
「でも不安だから1~2キロ脂肪を増やそうか」
「増やす?装置を逆流させて電気エネルギーを脂肪に替えるってことか?」
「それもいいけど、必要以上に増える可能性もあるから別の方法でいくよー」
「別の方法って?」
「僕の脂肪を電気エネルギーに変えてそっちに送るよー。それなら送った以上増えることはないし。今夜中にプログラム組み直して明日には電送するよー」
「おまえの脂肪ねえ……」
「電気エネルギーになった時点で脂肪とは別物になってるから、僕の脂肪自体を送るわけではないよー?」
「よくわからんが、まあ、わかった」
◇◆◇
で、朝になったらこれだよ!
10時からバイトなんだけど自重で1時間も立ち仕事をする自信がない。
それ以前に着ていく服がない。
スマホで塩辻に連絡とっても出ないし。
こうなったら塩辻のとこに直接行くしかない。
俺は衣装ケースから、以前知り合いのお婆さんにもらった浴衣と帯を引っ張り出してそれを着込んだ。
これでギリ外に出られる格好にはなったはず。
リュックに着替えとスマホを放り込んで右肩に担ぎ、紐を緩めた靴を履いて、玄関に置いてあるキックボードをひっ掴んで外に
「出られねえ!」
身体がつかえてアパート自室のドアから出られないので窓から出た。
道路に出てキックボードに乗り、地面を蹴り続けた。
「だれー?」
「おすもうさん?」
「おすもうさんだ!」
登校中の子どもたちに指をさされまくる。
デブな上に身長も高くて浴衣姿だし、そう見えるよな。
この辺に相撲部屋とかないけど。
と、
「そこのキックボードに乗ってる人、道の左に寄って止まってくださーい」
後ろから拡声器で呼び掛ける声がした。
俺のことじゃないよな。
別に道交法違反はしてないし、他にもキックボード乗ってる奴いるし。
「そこの関取っぽい人、止まってくださーい」
俺だったよ!なんだよ!デブはキックボード乗っちゃいけないのかよ!
後ろを振り返ると2人の警官が乗ったパトカーが徐行していた。
その後部座席には何故かアパートの管理人である三屋田の爺さんが乗っている。
爺さんが窓から身を乗り出して叫んだ。
「あいつですお巡りさん!うちのアパートに入った泥棒です!」
俺は状況を理解した。
多分、窓から出るところを散歩帰りかなんかの三屋田の爺さんに見られたのだ。
俺は自分の部屋から出ただけなのだが、爺さんからすれば『アパートの窓から、リュックとキックボードを盗んだ見知らぬデブが出てきた』ようにしか見えない。
止まって説明するか?
いや絶対納得してもらえないだろ。
かといって警察振り切れるわけもない。
と、次の瞬間、
ゴキッ、ガリガリガリッ
「うわあ!?」
ズザザザザザッ!
俺の体重に耐えきれなくなったキックボードが壊れて、俺は前方に投げ出された。
「湖竹君!大丈夫!?」
「う……塩辻?」
地面に伏した俺の前に塩辻が走ってきた。
「連絡折り返してもスマホに出ないから、こっちに向かってると思って迎えに来たんだよー」
あ、マナーモードにしといたままだったか。
◇◆◇
その後、塩辻から警官と三屋田の爺さんに事情を説明してもらい、なんとか捕まらずに済んだ。
警官の1人が塩辻の知り合いだったのであっさり納得してもらえてたすかった。
そして俺は塩辻の研究所で元の体重に戻してもらい、着替えを終えたところだ。
「いやー、ごめんよー。徹夜明けだったもんだから最後に操作ミスっちゃって」
「だからちゃんと休めよ」
操作ミスで脂肪を生命維持下限近くまで電送してしまった塩辻はそのショックで気絶してしまったそうだ。
その後に目覚めたものの、ミイラ状態でほとんど動けず。
自家製のロボットの助けを借りて装置を稼働させて元の体重に戻したが、そのときには既に俺と連絡がつかなくなっていたので迎えに飛び出したというわけだ。
「ところでひとつ疑問があるんだが」
「なにー?」
「おまえの全脂肪を俺に送ってもせいぜい十数キロってとこじゃないか?さっきまでの俺、あきらかに百キロ以上増えていたと思うんだが?計算合わなくないか?」
量ってはいないが、身長のある俺が最重量の相撲取りみたいな体型になっていたんだからその位増量していただろう。
と、塩辻の顔がこわばり、机上の装置に飛び付いて画面で何かを確認しだした。
どうした?
「ああっ!設定『室内』じゃなくて『敷地内』になってるー!」
「は?」
塩辻は叫んだ後裏口へ向かってダッシュしていった。
その後、裏庭から塩辻の絶叫が響く。
「あーっ!枯れちゃってるー!僕のフルーツ畑があああああっ!」
つまり
塩辻が装置の効果範囲を敷地内に設定してしまっため、裏庭の畑の作物のカロリー分も俺に電送されてしまったらしい。
ああ、植物も枯れるからアウトって言ってたもんなあ。
だから同時並行でアレコレ研究するなと……
「全滅だよー!あははははー」
塩辻のヤケクソの狂笑が響くなか、俺も裏口へ向かう。
バイトに出る前に一言、慰めの言葉くらいは掛けてやろう。




