王女と錬金術師〜序章 100年先の技術〜
小説ではなく台本です
『王女と錬金術師〜序章 100年先の技術〜』
○登場人物
●ニコラウス・ドライチェスター(19)
シュティレ帝国の元貴族。錬金術師。
●アマリア・ヴィリロス・エクサルファ(17)
アーシェという偽名を名乗っている王女。
●カーティス・コナー(24)
アマリアの護衛。
平原。
ニコラウス、銃を構えている。魔物、立ちはだかっている。
3回の発砲とそれに伴うレバーアクションによる排莢が2回。魔物の断末魔と倒れ込む音。3回目のレバーアクションによる排莢。
カーティス、歩いてくる。
カーティス「それが100年先の技術で作られたという銃かな?」
ニコラウス「あんたは?」
カーティス「ああ、怪しいもんじゃないよ。俺はカーティス。君に頼みたい仕事があるんだ」
ニコラウス「仕事?」
カーティス「話は俺の主から聞くといい。その人が依頼主だ」
ニコラウス「あんたが依頼主じゃないのか」
カーティス「俺は依頼主の護衛だね」
ニコラウス「…………」
カーティス「まあ細かいことは気にしないでさ。ゆっくり話せる場所を押さえてあるんだ。それじゃ、行こうか」
タイトルコール。
ニコラウス(N)「王女と錬金術師〜序章 100年先の技術〜」
個室。
アマリア、立っている。
ニコラウス、カーティスに連れられ入ってくる。
カーティス「アーシェ、彼をお連れしました」
アマリア「お待ちしていました」
ニコラウス「あんたが依頼主か」
アマリア「はい。突然呼びつけてしまってすみません」
ニコラウス「いや、それはいい」
アマリア「そちらの椅子にどうぞ」
ニコラウス、アマリア、着席する。カーティスは直立。
ニコラウス「?」
カーティス「ああ、俺は座らない。護衛だからね。話には参加するよ」
アマリア「私はアーシェといいます。あなたが冒険者ニコラウスで間違いありませんか?」
ニコラウス「ああ、僕がニコラウスだ」
アマリア「変わった銃を使う冒険者と聞いています」
ニコラウス「誰から?」
アマリア「色々な方から」
ニコラウス「…………」
カーティス「君は冒険者の間で有名人なんだよ」
ニコラウス「……そうらしいな」
アマリア「1年ほど前……界歴1769年頃から出回り始めた噂です。ニコラウスという冒険者が常識では考えられない、100年先の技術で作られた銃を3つも使うと」
ニコラウス「その噂は本当だ」
アマリア「どのような銃なのですか?」
ニコラウス「既存の銃と比べて僕の銃には3つの違いがある。実包を撃つ銃であるということ、後装式であること、銃身にライフリングが施してあることだ」
アマリア「詳しく聞かせていただけますか?」
ニコラウス「構わないが……仕事の話をするんじゃないのか?」
アマリア「そう急がずとも」
ニコラウス「……。現在主流のフリントロック式マスケットは銃口から火薬と弾丸を詰め込んで撃つものだ。僕はこれを前装式とかマズルローダーと呼んでいる。1発撃つごとに装填を必要とし、射程は50mから100mくらいになる」
カーティス「その辺りのことは一応理解しているつもりだ。弓を極めた人は銃より弓の方がいいって言うよな」
ニコラウス「ああ、その通りだ。だが僕の銃は弓より有用だと断言できる。まず実包という言葉について説明する。実包とは簡単に言えば火薬と弾丸を一体化したものだ。弾頭、発射薬、薬莢、雷管によって構成されている」
アマリア「弾頭というのが弾丸のことで、発射薬というのが火薬のことですね?」
ニコラウス「そうだ。薬莢は発射薬を入れる真鍮のケースのことで、雷管は発射薬に点火するための部品だ。実包を撃つ場合は1発ごとに火薬と弾丸を銃口から詰める必要がなくなる。つまり前装式である必要がなくなるんだ。だから僕の銃は後装式になっている」
カーティス「3つの違いのうちの2つ目だね?」
ニコラウス「ああ。後装式とは銃身尾部から弾を装填する方式のことだ。込めるのは実包なのだから前装式より遥かに短い時間で弾を込めることができるし、僕の銃の構造上複数の実包を装填できる」
カーティス「つまりその実包っていう弾をニコラウスの後装式の銃で撃つなら連発ができるってことか」
ニコラウス「そういうことだ。そして最後の違いは銃身内部にライフリングが施してあることだ。ライフリングとは螺旋状の溝のことで、これによって弾頭にジャイロ回転を与えることができる。ジャイロ回転のかかった弾頭は安定して飛翔することができる。射程が伸びて命中率が上がるんだ」
アマリア「話を聞くだけでも従来の銃との違いが大きいことがわかりますね」
ニコラウス「実包の説明をする時に言うべきだったが、使っている火薬も違う。これも射程や威力に関係してくる。以上3つの違いによって僕の銃は高威力高射程で連発ができるものになっている。命中率も段違いだ。僕が使っている銃は3つあって、ボルトアクションと呼んでいる銃の射程は600m、レバーアクションと呼んでいる銃の射程は400m、リボルバーと呼んでいる銃は予備の小さな拳銃だから射程は50mほどになる」
アマリア「それだけの射程があって、連発ができる銃なのですか」
ニコラウス「そうだ。100年先の技術で作られた銃という話も納得できるだろう」
カーティス「その100年先の技術、出所はどこかな?」
ニコラウス「シュティレ帝国の錬金術師。僕の知り合いだ」
アマリア「名前から察するに、あなたもシュティレ帝国の出身ですね、ニコラウス?」
ニコラウス「そうだ」
アマリア「あなたの銃は魔法よりも強いのですか?」
ニコラウス「物理的な貫通力の話をするならそこらの攻撃魔法より優れているだろうが、単純な比較はできないな」
アマリア「矢弾避けの魔法を貫通できますか?」
ニコラウス「……なるほど、目当てはそれだったか」
アマリア「標的はとある奴隷商です。矢弾避けの魔法と対魔法障壁で身を守っています。殺す必要はありません。防御を貫通して負傷させ捕縛します」
ニコラウス「僕は冒険者だ。傭兵でも暗殺者でもない。魔物の駆除はやるが人間を撃ちはしない」
カーティス「想像してた答えのひとつだね。今回依頼したい仕事では殺しはなしだけど、それでも引き受けてはくれないかな?」
ニコラウス「断る」
アマリア「相場以上の報酬をお約束しますが」
ニコラウス「金の問題ではない」
アマリア「なぜ人間を撃ちたくないのですか?」
ニコラウス「魔物と違って人間は復讐してくる生き物だからだ」
カーティス「まあ、人間と戦うなら必ずついて回る問題だね」
ニコラウス「話がそれだけなら僕は帰る」
アマリア「待って」
ニコラウス「まだ何かあるのか」
アマリア「その、どうしても引き受けてはくれませんか?」
ニコラウス「無理だ」
カーティス「例えば報酬として金の他にアダマンタイトを用意するって言ったらどうかな?」
アマリア「カーティス!」
ニコラウス「希少素材を報酬に? 錬金術師なのは僕ではなく知人だと言ったはずだが?」
アマリア「それは……」
ニコラウス「カーティスといったか。どういうことだ?」
カーティス「ああ……いや、その……」
アマリア「実は、ニコラウスのことは事前に調査をしていました」
カーティス「アーシェ……!」
ニコラウス「僕の何を知ってる?」
アマリア「あなたがシュティレ帝国の錬金術師一族、ドライチェスター伯爵家の人間であること。あなた本人が100年先の技術で3つの銃を作った錬金術師であることを」
ニコラウス「まあ、徹底的に隠すならファーストネームも偽名を名乗っていたし、銃も隠していた。最悪僕がドライチェスター家の人間だと知られても問題はない。そもそもドライチェスター家は没落しているしな」
アマリア「他にも隠していることがあります」
カーティス「アーシェ、それは――、」
アマリア「――いえ、やはり仲間に迎えたい人物に隠し事はできません。誠実でいないといけません」
カーティス「しかし……」
ニコラウス「何の話だ?」
アマリア「私の名前はアーシェではありません。これは偽名です」
ニコラウス「偽名?」
アマリア「私の本名はアマリアといいます」
カーティス「ああ、言ってしまった……」
ニコラウス「アマリア? まさか、アマリア・ヴィリロス・エクサルファ?」
アマリア「はい。私はこのエクサルファ王国の第2王女です」
ニコラウス「今回の仕事の標的は奴隷商と言ったな? なぜ王女が奴隷商を?」
アマリア「……ニコラウス、このエクサルファ王国の中で亜人、獣人という言葉を耳にしましたか?」
ニコラウス「いや」
アマリア「では逆に魔族という言葉は?」
ニコラウス「聞いた。どうやらこの国では亜人や獣人のことを魔族と呼んでいるらしいな」
アマリア「そうです。このエクサルファ王国は亜人、獣人のことを魔族と呼び、差別しているのです。今回の標的である奴隷商も亜人、獣人を商品としています」
カーティス「エクサルファの国民の多くは亜人や獣人という言葉を知らないんだ。生まれた時から魔族を奴隷として扱うのが当たり前の国に生きているからね。そしてその差別、奴隷制を作ったのは――、」
アマリア「――エクサルファ王家なのです。私はこの奴隷制を廃止したいと考えています。最悪の場合、王家に対して武装蜂起をしてでも。しかしまずは穏当な手段を取りたい。亜人、獣人の奴隷商を捕縛し、世間に奴隷制の現実を公表したいと思っています」
ニコラウス「それで奴隷商が標的なのか」
アマリア「今回ニコラウスに声をかけた理由は銃だけではないんです」
ニコラウス「というと?」
アマリア「実は、そもそもニコラウスに対しては1回限りの仕事の依頼をしたかったのではなく、私達の仲間になってほしかったのです」
ニコラウス「それはなぜだ?」
アマリア「あなたが王国の外の人間だからです。エクサルファ王国の国民は魔族を奴隷とする事実に疑問を持てません。シュティレ帝国人のあなたなら、事実を正しく認識できるはずです」
ニコラウス「なるほど」
アマリア「もちろんあなたの銃の性能も理由のひとつです。矢弾避けの魔法を貫通できる銃は心強いです」
ニコラウス「まあそれはわかる。だが僕は他国の奴隷制の廃止にそこまでの興味はない。元貴族としてより良い世の中を作りたいという気持ちには共感するがな」
カーティス「やっぱりそうだよね。結局は自分の国の出来事じゃないから、ニコラウスの気持ちはわかるよ」
ニコラウス「クーデターに参加して失敗したら目も当てられないしな」
アマリア「確かに奴隷制の事実をいくら大声で叫んでも事態は変わらない可能性の方が高いです。私は最終的に武装蜂起、クーデターと呼ばれる行動を起こすことになるでしょう」
ニコラウス「勝つ自信がありそうだな」
アマリア「エクサルファ王家に伝わる秘術をご存じですか?」
ニコラウス「……召喚魔法?」
アマリア「はい、私はアクアマリンの指輪に封じられた召喚獣、リヴァイアサン・ヴィリロスを使役することができます。この召喚獣の力は絶大です。リヴァイアサン・ヴィリロスの力は父アーノルド・ディアマンディ・エクサルファの使役するニーズヘッグ・ディアマンディに匹敵すると言われています」
ニコラウス「その召喚獣が切り札か。というか、やはり王家を敵に回すということは肉親を相手にするわけだが、その辺に躊躇はないのか?」
アマリア「ありません。父はおよそ人間とは思えぬほど残忍なのです。国民には良い顔をしていますが、その仮面の下を私はよく知っています」
ニコラウス「なるほど。あんた達の戦いについてはわかったよ。だがやはり僕が手を貸すことはない」
アマリア「ニコラウス、あなたさっきドライチェスター家が没落したと言っていましたね」
ニコラウス「ああ。それについても調査してるのか?」
カーティス「もちろんだよ。敵対する貴族の工作によってドライチェスター家は没落した。故郷を追われたニコラウスは単身エクサルファ王国に流れ着き冒険者に」
ニコラウス「まあ、そうなるな」
アマリア「シュティレ帝国内部で、とはいきませんが……地位と名誉の回復に興味はありませんか?」
ニコラウス「……話の流れが変わったな」
アマリア「先ほども言った通り、私は最終的には蜂起することになります。現国王である父アーノルドを倒すのです。私は女王として即位し、奴隷制を廃止します」
ニコラウス「それで?」
アマリア「女王となった私が革命の協力者に相応の地位を与えるのは自然なことでしょう。あなたはこのエクサルファ王国で貴族となるのです。領地と、自由に錬金術の研究のできる設備と資金をあなたに与えることもできます」
ニコラウス「なるほど。あんたにしかできない提案だ。家の地位と名誉が回復するのなら、確かに一考の余地はある」
カーティス「俺達の仲間になりなよ。一緒に奴隷制を廃止するんだ」
ニコラウス「正直悪くない提案なのは間違いないが、勝算は本当にあるのか?」
アマリア「ヴィリロスの名にかけて、必ず勝利をもたらします」
カーティス「殿下こそ勝利の女神です」
ニコラウス「そこまで自信があるなら。だけど報酬が少し足りない」
アマリア「何を欲しますか?」
ニコラウス「僕の持つ技術の普及」
アマリア「技術の普及ですか」
ニコラウス「技術の進歩は世界を変える」
アマリア「それはつまり、銃を作る技術ということですか?」
ニコラウス「そうだ。僕の持つボルトアクションライフル、レバーアクションライフル、シングルアクションリボルバー。これらを作る技術を広めたい」
アマリア「強力な武器の普及は危険を伴うのでは?」
ニコラウス「確かにこの銃が広まれば、戦争の火種になるかもしれない。だが逆にこの銃の普及は戦争の抑止に繋がると僕は考えている。戦争をすればお互いただでは済まないと知れば、誰もが争いをためらうはずだ。そして、銃は魔法を扱えない多くの民衆にも扱える武器だ」
カーティス「民衆にも扱えるとどうなるんだい?」
ニコラウス「圧政を敷いているような悪徳貴族への強力な反撃手段となる。力に溺れて悪事を働く貴族はいくらでもいるが、民衆が銃を手にし反撃してくるのなら話は変わってくる。僕の銃が争いを止め、悪を打ち砕くんだ」
カーティス「理にかなった考えだと思うよ」
アマリア「私もそう思います。ニコラウス、あなたの望む報酬をお約束します」
ニコラウス「いいだろう、交渉成立だ」
アマリア「本当ですか、ニコラウス! ありがとうございます。仲間が増えるというのは、良い気分ですね」
カーティス「歓迎するよ、ニコラウス」
ニコラウス「これからのことを色々と聞きたいんだが、その前に少しギルドに寄っても構わないか? 今日やった魔物駆除の報酬をまだ受け取ってないんだ」
アマリア「もちろんです。用事が済んだらまたここに来てください。その時には他の仲間も紹介できると思います」
ニコラウス「アマリア……あー、殿下」
アマリア「正直堅苦しいのは好きじゃなくて。アマリアと呼んでください」
ニコラウス「わかった。アマリア、カーティス、後でまた」
アマリア「ええ」
カーティス「ごゆっくり」
ニコラウス、部屋を出て行く。
カーティス「これでひとつ準備が片付きましたね、殿下」
アマリア「そうですね。ですが道のりはまだまだ長いです。私達のやろうとしていることは、尋常とは言い難いですからね」
カーティス「お供いたします、殿下」
アマリア「ありがとう、カーティス。……さあ、皆を呼びに行きましょう。今日はニコラウスの歓迎会をしますよ。良い店を知ってるんです。ふふっ」
〜fin〜




