最高の彼氏 3
つぎの日は気持ちのいい晴れ空になった。
「姉ちゃん、行ってくるよ」
リビングの掃除をしているわたしに、ユニフォームを着たエイジが声をかけた。
きょうはエイジの所属する野球チーム『フェニックス』と、ライバルチーム『ハーキュリーズ』との練習試合の日なのだ。
「きょうこそは、ハーキュリーズにぜったい勝ってやる」
にぎりこぶしをつくって、エイジが闘志を燃やした。
掃除のあと、わたしはデートの準備のために自分の部屋にもどった。
「これでよしっと」
鏡のまえで服装をチェック。
きょうのコーデは、白のロングTシャツにミニ丈のジャンパースカート。あとはお母さんの形見の赤い宝石がついたペンダント。これはどこへ行くときもかならずつける、わたしのマストアイテム。
準備をおえて、家を出ようとすると、
「……ウソ」
シューズケースの上に緑色のきんちゃくぶくろが置かれている。
いそいで中身を確認すると――あ、やっぱり、今朝エイジにわたしたお弁当だ!
「ウソウソウソ、エイジのやつ、お弁当忘れていっちゃったの!?」
いまごろエイジは試合まえの練習中だろうし、モル兄もサッカー部の練習に行っていて、わたし以外だれも家にはいない。
つまりエイジにお弁当をとどけることができるのは、わたししかいない。
「待ち合わせ時間には遅れちゃうけど……しかたないよね」
わたしはカイトに電話をかけて、お弁当のことを話した。
「ごめんね、カイト。お弁当とどけたら、すぐそっちに行くから」
電話を切ろうとすると、
「サキ、一緒にエイジくんの試合を観に行かない?」
「え?」
「おれ、エイジくんが野球してるところ観たいんだ。お弁当をとどけるついでにエイジくんの試合を観に行こうよ」
「でも、きょうは台湾スイーツを――」
「スイーツ店にはあとでぜったい行く。だからまずは試合を観に行こうよ」
「けど……」
そのとき、わたしはふと思った。
もしかして、カイトはわたしにエイジのがんばっているすがたを見せようとしているのかもしれない。
試合を観るってことは、選手のがんばりを見ること。自分ががんばってるすがたを見てもらえたら、だれだってうれしいし、気にかけられているっていう安心感も生まれる。
そうだ。きっとカイトはエイジを安心させるために、わたしを試合にさそっているんだ。
(ありがとね、カイト)
カイトのやさしさに気づいたとき、心にロウソクの火がともったみたいに温かい気持ちになった。
「わかった。スイーツ店は試合のあとに行こっか」
「ありがとう。それじゃあ公園で待ってるよ」
カイトと合流したあと、わたしたちは試合会場にむかった。
そしてふたりで試合観戦。エイジを応援した。
「エイジ、ファイトー!」
「エイジくん、がんばれー」
かなり大きな声で応援したつもりだけど、カイトはわたし以上の大声でエイジを応援した。
それは、もしかしたらレギラとしてだれにも応援されないさびしさを、エイジを応援することで打ち消そうとしていたのかもしれない。
試合はとちゅうまでフェニックスが勝っていたけど、4回の裏でハーキュリーズに2点取られたあとは、どんどん点を追加されて2―5で負けてしまった。
「エイジ、おつかれさま」
ベンチにもどってきたエイジに、わたしは声をかけた。
「おなか空いてるでしょ、はい、お弁当」
「…………」
「くやしいのはわかるけど、いつまでもクヨクヨしないの。ほら、みんなと一緒にお弁当食べよ」
元気づけようとして肩をたたいたけど、エイジは顔をあげなかった。
「エイジくん、おつかれさま」
カイトがねぎらいの言葉をかけた。
「はじめて生で観たけど、野球ってすごい迫力だね。おれ、興奮してつい――」
「おまえのせいで負けたんだ」
エイジがカイトをにらみつけた。
「おまえがくるまでフェニックスは勝ってたんだ。なのに、おまえがきてから攻撃も守備もダメになって逆転された。おまえのせいでフェニックスは負けたんだ」
「そんなのただのいいがかりじゃん。カイトはエイジのこと応援して――」
「カイト、おれと勝負しろ」
エイジがいった。
「野球対決だ。おれが10球投げるから、そのうち5本ヒットを打てたら、おまえの勝ち。打てなかったら、おれの勝ちだ」
「ちょっとエイジ、なに勝手に――」
「おれが勝ったら、二度とフェニックスの試合を観にくるな。それだけじゃない。姉ちゃんともわかれろ」
「いいかげんにしなさい。だいたい野球対決ってなによ。そんなのあんたが有利にきまってるじゃない」
「イヤなら受けなくてもいいんだぜ。その場合、カイトの負けってことになるけどな」
「あんた、これ以上は本気で怒るよ」
気がつくと、わたしはエイジにむかって手を振りあげていた。
「ダメだよ、サキ」
カイトがわたしの手をつかんだ。
「暴力は振ったほうも、振るわれたほうもイヤな想いしかしない。おれはサキにそんな想いをさせたくない」
街を守るためとはいえ、同族である怪獣に暴力を振るわなくちゃいけないカイトの言葉は心に重くのしかかった。
「だいじょうぶ、おれは負けないから」
「え?」
「おれはサキとわかれたくない。だから、この勝負、おれは受けるよ。そしてぜったいに勝つ」
カイトの目は真剣だった。街を守るときとおなじぐらい、いや、もしかしたらそれ以上に真剣なまなざしは、正直すこし怖かった。
その怖さは対戦相手のエイジにもつたわったみたいだ。
「か、勝つのは……おれのほうだからな」
うわずった声で、エイジがカイトをにらみつけた。
(つづく)
次回の更新は9月4日(予定)です。