人のこといじる癖に、自分がいじられると不貞腐れる人の話
佐伯は、職場の“笑いの司令塔”だった。
昼休みの会議室でも、飲み会でも、必ず誰かをいじって場を沸かせる。
「おい田中、今日の髪型どうした? ドライヤーと喧嘩でもしたか?」
「佐藤、そのシャツの色、信号なら止まれだぞ」
もちろん、全員が笑う。本人も笑う。
――いや、笑うしかない。
ある金曜の夜、新人の小泉さんが歓迎会で初参加した。
人見知りしないタイプらしく、場に馴染むのも早い。
佐伯がさっそくいじりにかかる。
「小泉さんって、笑うとき目が線になるな。非常口のピクトグラムに似てる!」
「ははは〜」と笑いが起こる。
そして三杯目、事件が起きた。
小泉さんがジョッキを置き、さらっと言った。
「佐伯さんって、話す時の手の動き……なんかラーメンすすってるみたいですね」
……静寂。
佐伯の笑顔が、フリーズした。
「え? それ、バカにしてる?」
声のトーンが地中深く沈む。
「いや、面白いなって……」
「面白くないけど?」
テーブルの空気は一気に冬。焼き鳥も冷める。
その後、佐伯は一言もいじらず、唐揚げを無言でつつくだけになった。
帰り道、宮本が小泉さんに耳打ちする。
「覚えとけ。いじり屋はな、自分がいじられると……ラーメンすすらなくなる」
翌週のランチタイム。
佐伯は相変わらず元気に喋っていたが、手の動きは妙にぎこちない。
ラーメン屋に誘ったら「今日はパス」と言われた。