プロローグ
私は一体何処で道を間違えたのだろうか。
私は今、最高神ゼウスの前で跪いている。
と言っても私の視界に移っているのは彼のつま先だけであり、顔を上げることもままならなかった。
広い講堂の中で、自分はとても小さく感じられた。
周りには私をぐるりと取り囲む数百のギャラリーがいる。私を嘲笑の目で見つめ、ゼウスを崇拝の目で見ているのだろう。
頬をつたる汗を袖でぬぐい、じっと、ゼウスが口を開くのを、待つ。
当のゼウスはと言うと、ただ玉座に胡座をかいて座っているのだろう。動く気配がない。ゼウスの隣でポセイドン、ヘラが何事か議論している様子を目の端にとらえ、そっと目をつむった。
しばらくして足音が響く。おそらくポセイドンがゼウスに耳打ちでもしているのだ。ひそひそと低い声が耳に入る。
時間にして数分だろう。
私には何時間にも感じられた。
ゆっくりと静かに、しかしその場にいる全員にしっかりと聞こえる声で、ゼウスは言った。
「処刑だ。」
やっとのことで顔を上げる。すると、彼と目があった。
しかし、彼は私のことを覚えていないようで、すぐに目を逸らした。
もう興味が無くなったかのように、ゼウスは立ち上がり、去っていった。
ヘラはこちらを一瞥するとゼウスの後を追う。
その後ろ姿を、私はただ眺めることしかできずなかった。
彼女の緑色の瞳からは。大粒の涙が零れ落ちた。