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英雄を夢見た少年は、王国の敵になる ―リベルタス―  作者: REI
第2章 魔道具職人の街と仮面の組織 ラトール編

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第57話 試される覚悟

それでも、リィナが震えているのがわかった。

「何を……してるの、バカ……!!」

かすれた声が喉を裂き、リィナは血に濡れた短剣を握りしめた。

足が勝手に動く。

駆け寄ろうとするその肩を、セイラスの冷たい視線が射抜いた。


「心底、下らない。情など――」


「――黙れッ!!」


アランの咆哮が、血の泡を吐き散らしながら石壁に響いた。

剣の先端が鈍く黒光りする。

裂けた肉と骨の奥から、なお脈打つ魔力が刃に集まっていく。


「仲間を……傷つけさせない……!!」


立てるはずがない体で、脚が無理やり地を蹴った。

視界が赤く滲む。

それでも――その一歩に迷いはなかった。


「リィナ……もう、いいんだ……!」

声は苦しげだったが、確かな優しさに満ちていた。


「レオン……援護を!!」


崩れかけた意識の奥に、確かな意志の光が宿る。

それは血よりも赤く、痛みよりも強く――胸の奥を灼く光だった。


砕けた床石を踏みしめる音。

隣に立つレオンは、氷杖を真っ直ぐに構えた。

その瞳に宿るのは、先ほどまでの焦りではない。

冷徹な計算と、覚悟の色。


「……終わりだ、セイラス。」


「終わり?」

セイラスの口元が歪む。

だが、その笑みにはわずかな苛立ちが混ざっていた。

「はは……ずいぶん強がるじゃないか。」


氷の杖に霜が走り、刃に宿った魔力が震える。

三つの気配が交錯する。


足元には、焦げ跡と霜が幾重にも散らばっていた。

戦いの余熱と冷気が混ざり合い、湿った空気を震わせている。


リィナは深く息を整え、血に濡れた短剣を逆手に構えた。

「……アランを傷つけた報いは、受けてもらうわ。」


「ふん……小娘一人、覚悟ができたというだけで――」


「違う。二人だ。」


低く響いた声と同時に、レオンが地を蹴った。

氷の魔力が床を駆け、瞬時に霜の結界を描き出す。


セイラスが反応するよりも早く、リィナの影が疾風のように間合いを詰めた。


「――翔刃一閃!」


双剣が月光の軌跡を描き、肩口をかすめる。

だが、それは決して決定打ではない。

次の一手を誘うための罠だった。


「っ……小癪な――!」


「氷鏡乱葉!!」


レオンの声とともに、空間が白く爆ぜた。

数十枚の氷の刃が一斉に旋回し、光を乱反射させながらセイラスを包囲する。


逃げ場を塞がれ、動きが一瞬鈍った。


「リィナ、今だ!!」


「任せて!」


刃の影を縫うように、リィナが飛び込んだ。

双剣の一撃が、セイラスの手に握られた魔符を叩き落とす。


「……っ!」


黒い霧が噴き出しかける。

だが、レオンの杖が鋭く振り下ろされた。


「零域氷封!!」


砕けた床に走った氷柱が、噴き上がる瘴気を瞬時に凍りつかせる。

同時に、氷の鎖が幾筋も伸び、セイラスの四肢を絡め取った。


「……ク、ククッ……お前ら、本当に面倒な……」


「もう動けないわ。」

リィナが細い息を吐き、剣先を下ろす。


「このまま、街に連行する。――諦めなさい。」


氷の鎖が軋む音だけが、静かな空間に残った。


「……リィナ……お前たち、なぜそこまで……」


セイラスの声は、もはや呪いにも似た執念に滲んでいた。

だが、それに応えたレオンの声は、どこか哀しげだった。


「仲間を守るためだ。」


低く、揺るぎない言葉。

「お前には……その気持ちは理解できないだろう。」


セイラスは顔を伏せ、氷の鎖に絡め取られたまま息を吐いた。

リィナはそっと剣を収める。

ゆっくりと背を向けると、もう振り返らなかった。


「……もう終わりよ。――二度と、私たちの仲間を利用しないで。」


捕縛の魔力が、静かに空間を封じる。

戦いの残響が、ひび割れた床に凍りついていく。


血に濡れた石畳の上で、アランは浅い呼吸を繰り返していた。

意識の奥が遠のいていく。

視界の端で、黒紫の魔力の残滓が揺らめいているのが見えた。


それが、ようやく終わりを告げる灯火のように――どこか儚く揺れていた。



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