第56話 必死の抵抗
振り返ったリィナの横顔が、一瞬だけ寂しげに揺れた。
その目に宿る決意が、アランの胸を強く突き刺す。
「今しかない!! アラン、お願い……行って!!」
刹那、雷光が遺跡の闇を裂いた。
リィナの双剣が、血の弧を鮮烈に描く。
だが――
「終わりだ。」
低い声が石壁に鈍く響いた。
セイラスが一歩、静かに進み出る。
まるで空気そのものが凍りつくように、周囲が冷えた。
「もう十分だ。見苦しい真似はよせ。」
彼の細い指が、無造作に宙へと上がる。
その指先に、黒紫の魔力が凝縮された。
禍々しい奔流――ただの攻撃ではない。
確かな殺意が、空間を重く染めていく。
「やめろ――!!」
リィナが悲鳴のように叫び、駆け出した。
だが――速い。
セイラスの掌から、黒紫の閃光が放たれる。
《黒刃・喰裂》
空を裂くように稲妻の刃が閃き、直線に走った。
それは、リィナを――仲間を、無慈悲に貫かんとする一撃だった。
「ッ――!!」
刹那、視界に黒い影が割り込んだ。
「アラン――ッ!!」
振り返ったリィナの瞳に映ったのは、剣を逆手に構え、全身でその光を受け止めるアランの背中だった。
黒紫の奔流が、轟音を伴って彼の身体を貫く。
空間が歪むほどの圧力。
石畳が砕け、火花が散った。
「ぐ……ッ――!!」
激痛が臓腑をえぐる。
焼け爛れるような感覚が、脇腹から背へ突き抜けた。
肺の奥で血の味が弾ける。
「……お前には……指一本、触れさせない……!!」
声を絞り出すたび、血が喉を震わせた。
それでも、アランは一歩も退かない。
「アラン――!! やめて!!」
リィナの悲鳴が、石の通路に反響する。
その震える声が、どこまでも痛いほど真っ直ぐに届いた。
だがアランは振り返らない。
ただ剣を支え、己の体を盾にして、立ち塞がっていた。
だがセイラスは瞳を細め、吐息のように冷たくつぶやいた。
「滑稽だ。無力は罪だと知れ」
その言葉と共に、黒紫の残滓がアランの身体を深く貫いた。
足元から冷たい崩壊感が広がり、膝が容赦なく石畳に叩きつけられる。
視界がゆらぎ、意識の淵が遠のきかけた。
――まだ、倒れてはいけない。
震える腕で必死に剣を支える。
痛みが思考を霞ませる中、かすかに感じ取れたのは、震えるリィナの気配だった。




