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英雄を夢見た少年は、王国の敵になる ―リベルタス―  作者: REI
第2章 魔道具職人の街と仮面の組織 ラトール編

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第53話 リィナの嘘

深夜。宿の一室は、吐息さえも聞こえそうな静寂に包まれていた。

リィナは寝台の端に腰掛け、膝に置いた小さなランタンの光をじっと見つめていた。

その視線は揺れ、何かを迷うように震えていた。

ティナの寝息が、すぐ隣から聞こえる。

(……ごめんね。私だって、こんなやり方……)

リィナは小さく唇を噛んだ。

だが、それでも。

あの仮面の声が脳裏に蘇る。

《“遺跡へ連れていけ。あの少年たちと一緒に。”》

もし逆らえば――

ティナが狙われるのは、この先もずっと変わらない。

だったら……今、一度だけ欺けばいい。

遺跡で、あの情報を手に入れられれば、もう縛られずに済む。

震える手で、小瓶を取り出す。

澄んだ液体が、ほのかに甘い匂いを放った。

「……ごめんね」

ティナの枕元に、その液をひと滴、垂らす。

数呼吸もしないうちに、少女の寝息は深く穏やかなものへ変わった。

リィナは目を伏せ、胸の奥にずしりとした痛みを抱えたまま立ち上がる。

夜明け。


淡い朝の光が差し込みはじめた頃、リィナは荒々しく戸を開け放ち、隣室に飛び込んだ。


「アラン、レオン!」


「リィナ?どうしたんだ!」

アランが寝台から跳ね起きる。

レオンも眉をひそめ、薄暗い部屋を見回した。


「ティナが……いないの。」

リィナは肩を震わせ、唇を噛んだ。

声が掠れているのは演技なのか、本心なのか、自分でもわからなかった。


「昨日の連中の仕業かもしれない……。地下遺跡に連れていかれたのかも……!」


レオンが小さく息を呑む。

「……遺跡に?」


「お願い、二人とも……一緒に来て。私、一人じゃ……だめだから。」

その声には、どこか哀願にも似た切実さが滲んでいた。


アランは短く息を吐くと、すぐに剣を手に取った。

「分かった。ティナを助けに行くぞ。」


「……ああ。」

レオンも渋い顔でうなずく。


その横顔を見て、リィナはそっと視線を伏せた。

(……これが最後であってほしい)

心の奥で、かすかに祈る。


三人はまだ薄闇に沈む街路へ、迷いなく踏み出した。

だがその背中を――

倉庫の奥で静かに眠るティナは、知る由もなかった。


「……リィナ、本当にこっちで間違いないんだな?」

アランが歩を止め、振り返った。


「……ええ。」

リィナは俯いたまま小さく頷いた。

胸の奥に、ひどく冷たいものがへばりついている気がした。

それでも顔だけは平静を装った。


「遺跡に入れば――きっとわかるわ。」


レオンはちらりと彼女を見て、何も言わずに杖を持ち直した。

石畳が終わり、古い地下遺跡への坂道が現れる。

苔むした岩肌に冷たい風が流れ込み、湿った土の匂いが濃くなる。


アランが剣の柄に手をかける。

「もうすぐだな。」


「……気をつけて。」

リィナは一歩前に出て、ひび割れた門扉を押し開いた。


古い地下遺跡の裏口は、剥き出しの岩と崩れかけた石柱が残骸のように横たわるだけの隠し通路だった。

苔に覆われた扉の奥は、真昼でも闇に沈んでいる。


「……ここよ。」

リィナが低く告げ、暗がりの奥を指さす。


アランとレオンは剣と杖を構え、視線を鋭くした。


「ほんとに……ここにティナがいるんだな?」

アランの問いかけに、リィナは一瞬だけ瞳を伏せる。


「――ええ。入れば、分かるわ。」


そして、ゆっくりと顔を上げた。

唇がかすかに笑みに歪む。


「さて……これでよかったかしら?」


その言葉が落ちると同時に、奥の闇が不自然に揺れた。

まるで空間が裂けるように、そこから長い外套を纏った影が一歩踏み出す。


低い声が湿った石壁に反響した。

「やれやれ。ずいぶんと慎重なお出ましだな。」


外套の裾が床を滑るたび、空気が鋭く冷たくなる。

一歩、また一歩と近づいてくる影。


「セイラス……!」

リィナが小さく息を呑む。


「おや、僕のことを知っているとは。光栄だよ。」

中性的な微笑を浮かべ、影――セイラスはリィナに視線を移した。


その瞳は、暗い色をした底なしの深みで、こちらの心を見透かすように光っていた。


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