第52話 再び狙われた
街は夕暮れに染まりつつあった。
石畳を踏む人々の足取りもどこか急ぎ足で、店先のランプに火がともりはじめている。
アランは通りに面した柵に背を預け、ぼんやりと往来を見つめていた。
ふいに隣に立ったレオンが、声を落とす。
「なぁ……リィナのことなんだが。」
「ん?」
視線を向けると、レオンは珍しく言葉を探していた。
「……あいつ、怪しいだろ。」
声は低く、それでいて迷いが混じっていた。
アランは少しだけ目を細め、ゆっくり息を吐く。
「……あぁ。わかってる。」
「……そうか。」
レオンは視線を逸らし、石畳に目を落とす。
「どうするつもりだ。」
アランは小さく笑った。
「どうもしないさ。」
「お前……。」
「もう、仲間だろ。」
その言葉はまるで何でもないことのように、あっさりと告げられた。
レオンは肩を落とし、頭を掻いた。
「ったく……また厄介ごとを背負い込む気か。」
「お前がいるから平気だって!」
「……勝手に決めてくれるな。」
だが、レオンの口調には微かな安堵が混じっていた。
夕闇が、二人の影をゆっくりと長く伸ばしていった。
夜気が湿った裏路地に満ちていた。
石壁に立てかけられた古びた木箱の影から、仮面の男がひとり、声を落とす。
「……次の指示だ。お前の役目は変わらない。」
リィナはフードの奥で目を伏せた。
「……わかった。」
「奴らを――遺跡へ誘導しろ。」
低い声が、冷たい刃のように耳朶を打つ。
すれ違う人影もない狭い裏路地で、風だけがごう、と音を立てて吹き抜けた。
「……ここに連れて行くのね。」
「抜かるなよ。」
男はそう一言だけ残すと、壁の影へ溶けるように消えた。
リィナはしばらく立ち尽くし、息を吐いた。
胸の奥で、忌まわしい責務と、もう戻れない何かが軋むようにぶつかり合っていた。
魔導市が近づき、街はにわかに色めき立っていた。
だがその華やかさの裏で、地下魔導組織――コルヴォ・エネルギーラボがついに牙を剥いた。
夕方。ギルドに戻ったアランたちのもとへ、荒い息をついたドランが駆け込んできた。
「……おい、アラン! 大変だ、ティナが……ティナが襲われた!」
「何!?」
レオンの表情が凍りつく。
「誘拐されかけた。魔力が目当てだ……たぶん、質のいい魔力を抽出するつもりだったんだろうな。」
狼耳を伏せ、ドランは低く唸った。
「俺が通りかかってなきゃ、今ごろ……」
「ティナは!?」
アランの声に、ドランは首を振る。
「無事だ。今は部屋にいる……でも、震えっぱなしで口もきけねえ。」
「……行こう。」
アランは即座に言った。
レオンとリィナも無言で頷く。
宿の二階、細い廊下の一番奥の部屋。
扉をそっと開けると、ティナはベッドの端に膝を抱え、肩を震わせていた。
長い銀髪が乱れ、尖った耳が小さく震えている。
「ティナ……」
声をかけると、彼女はびくりと肩を揺らし、ゆっくり顔を上げた。
その瞳は怯えと疑問で曇っていた。
「……麻薬事件のときも……今回も……私が狙われたのは……」
唇が震える。
「……私が、ハーフエルフだからなの……?」
「……」
アランは一歩近づき、迷わず彼女を抱きしめた。
小さな身体が、余計に細く感じられる。
「……関係ない。あいつらの欲に理由をつけるな。」
低い声で、ゆっくりと告げる。
「お前が何者でも、何の血を引いていようと……何も悪くない。」
ティナの目から、涙が一筋こぼれ落ちる。
「……俺が解決する。必ずケリをつける。」
アランは腕に力をこめ、彼女の髪をそっと撫でた。
「だから……それまでは、ここから出るな。いいな?」
しばらくの沈黙のあと、ティナは弱々しく頷いた。
その震えはまだ止まらない。
だが、アランの目にはもう、決意の炎が宿っていた。




