第51話 リィナの覚悟
ラトール旧市街の外れ。
人目を避けるように佇む古びた道具屋。
その店先に、リィナは立っていた。
懐かしい木の看板が、夕陽に赤く染まっている。
胸の奥が、痛むほど騒いでいた。
店の戸を開くと、奥から低く渋い声が響いた。
「……お前から来るなんて珍しいじゃねぇか。」
棚に並んだ罠や道具の影から現れたのは、灰色の短髪に鋭い目をした男。
“銀脚”のジャルド――かつて、リィナにスリと逃げの手ほどきをした人物だ。
リィナは一歩、前に進んだ。
「戦えるようになりたい。」
ジャルドの片眉がわずかに動く。
「“刃”を持つ覚悟ができたって言うのか?お前が?」
「……死ぬ覚悟じゃない。生きたいって……そう思ったんだ。」
自分でも驚くほど、声はまっすぐに響いた。
「だから……教えてよ。昔、約束したでしょ?希望を持てたら、教えるって。」
静寂が落ちた。
店の奥で、風が小さな鈴を揺らした。
ジャルドは短く鼻を鳴らした。
「赤ん坊が、一丁前に大人面しやがって。――だが、分かった。」
鋭い眼差しが、リィナを貫いた。
「自分が生きるためには、人を殺す覚悟もいる。その意味を……分かって言ってるんだろうな。」
「分かってる。……もう迷わない。」
リィナは唇を噛むように、瞳を逸らさずに応えた。
「守りたいものがあるから。」
「……いいだろう。」
ジャルドは棚から細身の箱を取り出した。
蓋を開けると、二振りの短剣が静かに光を返す。
「双刃の短剣《雷哭》だ。軽量で、どこまでも速く斬れる。お前に譲る。」
手に取ると、ひやりとした質感が掌に馴染んだ。
まるで、この刃も彼女を試すように、静かに震えている。
「いいか、お前の身軽さは武器だ。迷っている暇はない。一瞬の決断力、選択を間違えるな。間違ったとしても思いっきりやれ」
ジャルドはゆっくりと歩み寄り、リィナの肩を掴む。
「速さは、意志の表れだ。」
「……教えて。」
リィナは小さく笑った。
「全部、教えてよ。」
その夜。
修復中の訓練場で、二人の影が交錯した。
「基礎はできてる。流石に身体の使い方は一級品だな」
ジャルドの声が、短い息の間に響く。
「かつての神童にメンタルが追い付けば……化け物だな。」
「翔刃一閃、いくぞ!」
リィナの足が鳴る。
風のように低く滑り込み、一閃――静かに、正確に、刃が標的を横切る。
「……見事だ。」
「まだよ。」
息を詰める。
一歩踏み込み、脚を軸に回転する。
「《連刃・風車》!」
回転と同時に、三度の閃光が走った。
一瞬で標的を刻む刃――ジャルドの目が見開かれる。
「もう充分だ。また教えてやる。」
「まだ足りない。」
肩で息をしながら、リィナは微笑む。
「……いまなら、いける!」
「……おい。」
「雷鳴――連刃・風車!」
稲妻のような紫電が、刃とともに爆ぜる。
雷光が夜闇を裂き、空気が焦げる。
「……っ!雷属性だと……?」
「……やった。」
リィナは額の汗を拭った。
「ジャルド!今の、どうだった!?」
しばし沈黙。
やがて、苦々しいような笑みが返る。
「……やりすぎだ。お前は……何になるつもりだ。」
「へへっ。」
リィナは目を細めた。
「褒めてるでしょ?今日はありがとう!」
胸の奥が、久しぶりにあたたかくなる。
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