第8話 その身に刻め
今までの主な登場人物
アラン/この物語の主人公
リゼット/冒険者ギルドの受付嬢
レオン/同期の冒険者で魔術師
ティナ/同期の冒険者でハーフエルフの魔術師
ダグラス/ベテラン冒険者
ガロス/先輩冒険者 自称天才
リーゼ/定食屋店員
バロス/定食屋店主
メイア/先輩冒険者
ヒールリーフの採取と、予期せぬ戦闘を終えた二人は、王都リュミエールの西門からギルド通りへ戻っていた。
アランの手には薬草の詰まった袋がひとつ、レオンは獲物を入れた布袋を肩に担いでいる。
「ふぅーっ、戻ったら報告だな。でもその前に……腹減った!」
アランが道沿いの露店に目をやると、香ばしい匂いが鼻をくすぐった。炭火でこんがりと焼かれた野鶏の串が、ジュウッと音を立てている。
「うまそう……なあ、レオン。あれ、食ってこうぜ!」
「……まったく、緊張感が持続しない奴だな」
呆れたように言いながらも、レオンは財布を取り出し、黙ってアランと並んで串を一本ずつ受け取った。鉄貨三枚。二人にしては少し奮発だ。
「うっま! この塩加減と香ばしさ、最高だな!」
「……悪くない。味のバランスも良い」
並んで歩きながら、串を頬張る二人。その表情には、ささやかな満足感が浮かんでいた。
やがてギルドの建物が見えてくると、アランの足取りが自然と早まる。
「さて、ヒールリーフ三束に、フェザーラ三匹、スカラーハウンド一匹……これだけ持って帰れば、リゼットさんも驚くだろ!」
「驚くことは確かだろうな。……怒りのほうで、だが」
「へっ? なんでだよ、ちゃんと成果出してんじゃん!」
「“成果”の前に、“報告”の中身が問題なんだよ。まったく……」
ギルドの扉を押し開けると、すでに内部はいつもの活気に包まれていた。
受付カウンターの奥には、見覚えのある姿――冷たい目をした美女が立っている。
「ただいま戻りましたー!」
アランが満面の笑みで駆け寄ると、リゼットは書類から顔を上げ、そのままピシッと鋭い視線を向けた。
「……おかえり。で? ずいぶんと泥だらけね。まずは報告を聞かせてもらおうかしら、“新人くん”たち」
(やっぱり、薬草採取だけじゃ満足できなかったようね。)
「えっと……ヒールリーフを三束採取して、ついでにフェザーラ三匹と、あとスカラーハウンドも一匹、倒しました!」
リゼットの指がカウンターをトンッ、と鳴らした。
「“ついでに”って、あなた!」
そこからだった。
冷ややかな怒号、説教、講義、指導。小一時間ほど、アランとレオンの二人は受付カウンターの前に立たされていた。
リゼットの眉間には皺、声には苛立ち、そしてその奥には明らかな“心配”がにじんでいた。
「この依頼は、ヒールリーフの採取だけのはずでしょ? なんでモンスターと交戦してるの、しかもスカラーハウンドって、どういうつもりなの!」
「で、でも、あいつが襲ってきたから……!」
「襲ってきたら闇雲に突っ込むのが正解だとでも言うつもり? あなたたちのランク、何だったかしら?」
「……Gランク、です」
「Gランクよ! 最低ランク! 命知らずにもほどがある!」
アランが肩をすくめる横で、レオンがやれやれといった顔でため息をつく。
「……想定外だったのは事実だが、今回は僕の判断も甘かった。止めるべきだった」
「ええ、そうよ。あなたもね、レオン君。もっとしっかりしなさい。あなたを組ませたのは、彼を抑えてくれるって期待してたからなのに!」
「それは……反省している」
「まぁ無事に勝って、依頼も達成したし、いいじゃん」
アランが口を挟むと、リゼットの鋭い視線が飛んでくる。ピタリと動きが止まるアラン。
「あなたが突っ走って、彼が援護して、結果として無茶をしてる。そういう戦闘を“連携”とは呼ばないの」
「……あ、はい」
「チームっていうのは、互いの欠点を補い合うものよ。無鉄砲な突撃と、後手のフォローだけじゃ、いずれ取り返しのつかないことになる。覚えておきなさい!」
「チームじゃないけどな。」
レオンも小さくぼやきながらも頷き、アランは俯きながら、肩を落とした。
「……でも、二人とも無事に戻ってきた。それだけは、評価するわ」
その一言だけ、リゼットの声から刺々しさが消えていた。
アランとレオンは顔を上げ、思わず目を合わせる。そこには、反省と、ほんの少しの安堵があった。
「……今後は、もっと慎重に動きます」
レオンが静かに誓うように言い、アランも拳を握りしめて頷いた。
「うん、次はちゃんと作戦立てて動くよ。……レオンと一緒に、な!」
「っ一緒!?」
「それならいいわ。これが“初依頼”だからってしかたない、とはならないわよ……次はないと思いなさい」
二人は声を揃えて「はい」と答えた。
「ふぅ……でもまあ、無事なら次もあるって学んだかしら?報酬は後で精算するから」
ようやく解放され、アランがほっと息をついたとき――
「で、モンスターの素材は?」
「……全部そのまま持ってきました」
「解体、してないの? まさか袋に丸ごと入れてるとか言わないでしょうね……」
アランとレオンが頷くと、リゼットは今度は呆れたように額を押さえた。
「分かったわ。解体所に行って、ノランさんに教わってきなさい。多分、怒られるけど、仕方ないわね。これは経験よ」
「ノランさん?」
「ギルドの解体職員。見た目は怖いけど、腕は一流よ。ただし、怒鳴られても泣かないことね」
ギルドの奥手にある解体場――。
薄暗くも清潔に保たれた石造りの室内には、強烈な血の匂いが漂っていた。
作業台の上には、すでにいくつかのモンスターが解体中で、その中心にいたのは――
無精髭に白い作業服、肩幅の広い大男だった。
「ノランさん、いますかーっ?」
声をかけると、ギロリと鋭い目つきが二人を射抜いた。
「なんだ新人か。……なんだ解体してほしいのか?」
「はい。フェザーラ三匹とスカラーハウンドを!」
「……ったく。丸のまま持ってくるんじゃねぇよ、手間が増える。だがまあ、見て覚えろ」
(こいつらが例の2人か、リゼットのやつが気にかけるのもわかる。)
ノランは手際よく解体道具を取り出すと、フェザーラを一匹手に取り、関節を確認するように指を滑らせた。
「傷でな、そいつと、どう戦ったかがわかるんだよ。こいつは小回りが利き、爪が鋭いから、――次はもっと上手く倒せ」
スッ、スッ、と一刀ごとに骨と筋が見事に切り分けられていく。
「羽根は装飾用、爪はアクセサリー、肉は食用だ。それなりに売れる。無駄にするなよ」
「す、すげぇ……」
「次、スカラーハウンド。こいつは牙と毛皮が主な素材だが、腱も強化品になる。吠え声で相手を怯ませるから喉も素材になる。」
アランとレオンは、言葉もなく見入っていた。初めて目の当たりにする“解体”の現場。
そこには、戦いとは別の――もう一つの“現実”があった。
「……素材ってのは、命の証でもある。雑に扱うな。忘れるなよ」
ノランの言葉に、アランは元気よく返事をした。
「はい!分かりました!」
「分かったら、次は自分でやれ。ほら、手袋とナイフ」
「えぇ!? いきなり!?」
「俺がついてる。やってみろ」
ぎこちない手つきで、アランはフェザーラの小さな体にナイフを入れた――
フェザーラの小さな命が、彼に“責任”という重みを教えていた。