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英雄を夢見た少年は、王国の敵になる ―リベルタス―  作者: REI
第2章 魔道具職人の街と仮面の組織 ラトール編

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第47話 戦乱の影

夜のラトールのスラム街は、昼間の喧噪とは打って変わって静まり返っていた。

 

道端に立つ古ぼけた街灯が、煤けた墓標の列を照らす。

 

街の端にひっそりと広がる共同墓地。

 

古い石の柵は何度も壊され、修理され、今もなお半ば崩れかけていた。

 

草に埋もれた無名の墓の間を、ひとりリィナが歩いていた。

 

足音を忍ばせる必要はないはずなのに、歩くたびに、どこかに潜むものの気配が背を撫でた。

 

けれど彼女は立ち止まらなかった。

 

古びた十字の墓標の前に、小さく息を吐くと、ゆっくりと腰を下ろす。

 

――兄さん。

口にしなくても、呼べば胸の奥がきしむように痛んだ。

 

それでも、言葉にしなければならない気がした。

「ねえ、兄さん」

声は小さく、それでいて静かな夜気にすっと溶けていった。

「私……あいつらのこと、気に入ったみたい」

 

灯りの届かないあたりで、どこかの野犬が低く唸る声がした。

 

リィナは気にせず、墓標にそっと手を置く。

ひやりと冷たい石。

それが、もう戻らないものと同じ温度だった。

「いつも一人でやるのが当たり前だった。……一緒に居るのも、一時だけの気まぐれでいいと思ってた」


墓標の影が、夜風に揺れる。

 

「でも……あいつらといると、何か少し違う気がするんだ」

言葉を選びながら、苦笑を零す。



「こんなの……兄さん以外の誰かと一緒に居たいなんて、考えたの、初めてかも」



どこか遠くで、鐘の音が小さく響いた。

夜の街の終わらない祈りのように、低く長く続く音。

リィナは指先で墓標を撫で、目を閉じた。


「だから……もういいよね?」

長い沈黙があった。


返事など望んでいなかった。


それでも、どこかで兄の面影が頷いてくれた気がして、胸の奥が少しだけ軽くなった。

 

立ち上がると、空気はなお冷たいのに、背中を押すようなものを感じた。

 

彼女は一度だけ深く頭を垂れ、それから墓地をあとにする。

スラムの腐った瓦礫を抜ける足取りは、どこか決意を帯びていた。


王都リュミエール。

 

中央広場を見下ろす高台に築かれた王城は、白亜の城壁が陽を弾き、遠くからも輝いて見えた。

 

その奥――玉座の間。

広大な空間に敷き詰められた深紅の絨毯は、黄金の柱と漆黒の御影石の床に囲まれていた。


巨大なステンドグラスから注ぐ光が、荘厳な模様を床に描く。

 

王の座が在る場所は、誰もが言葉を失うほどの威圧と静謐に満ちていた。

 

深く澄んだ鐘の音が響く。


「金馬騎士団、謁見に参上いたしました」

団長エルディス・ガルデオンと副団長フィオナ・ディヴァレッタが膝を折ると、周囲に控える騎士たちが一斉に頭を垂れた。


白銀の玉座には、老いた王が座していた。

アルヴェリオ=リヴァレス。

威厳と慈悲を湛える灰銀の眼差しが、ゆっくりと二人を見下ろす。

 

「顔を上げよ、忠義の者たち」

掠れた声は、それでも不思議な力を帯びていた。

 

「この度の事態……ラトールにおける魔道具の暴走。……報告を聞いた。もはや見過ごすことは叶わぬ」

 

その隣に立つ青年が、短く一礼をして進み出た。

長身に漆黒の礼服を纏い、涼しげな瞳に深い理知を宿す。

第一王子――ルシアス=リヴァレス。

「父上、私から補足いたします」

 

静かな声が玉座の間に響いた。

 

「今回の暴走は、自然現象ではない。……コルヴォ・エネルギーラボと名乗る地下組織の介入が明らかになった」

 

魔力で輝く小型の投影盤を掲げると、淡い立体映像が空間に浮かぶ。

それは魔力結晶と、荒廃した研究施設の記録映像だった。

 

「奴らは魔力を抽出し、結晶化し、制御不能の活性化を可能にする。……その結果、魔道具が暴走し、周辺の魔獣が異常繁殖を始めている」

 

ルシアスの声は冷静だったが、その奥に張り詰めた緊張が滲んでいた。

 

「もしラトールを制圧されれば……王都に至る流通も、魔力供給も、全ての拠点が分断される」

エルディスが一歩前に進み、深く頭を垂れる。

 

「陛下、殿下。私たち金馬騎士団に、討伐と鎮圧の許を賜りたく存じます」

 

アルヴェリオは静かに息を吐いた。

玉座の横に控える騎士団総帥、レグナルト=ディアヴァルが視線を上げる。

白銀の鎧が、光を鋭く反射した。

 

「焦るな、エルディス」

 

低く澄んだ声が空気を鎮める。

「討伐は重要だ。だが……我々がただ力を振るえば、民心は恐怖に沈む」

王は頷いた。

 

「この国は今、改革の途上にある。民の心が、我らの根だ。……失えば、二度と立ち直れぬだろう」

フィオナが慎重に言葉を探す。

 

「では、どうすべきか……」

ルシアスは視線を玉座に向け、そして再び騎士団へと返した。

 

「金馬騎士団には、治安維持と同時に調査を命じる。……この組織が何を目論むか。どこまで魔力密造を進めているのか。全て明らかにしてほしい」

 

「殿下……我々に討伐の権限は?」

 

「状況次第だ」

ルシアスは静かに言った。

 

「私も理想を語る余裕はない。……だが、暴走が広がればいずれ剣を抜かねばならない。そのときは、私自ら前に立つ覚悟だ」

 

レグナルトの瞳がわずかに細まった。

王子の決意を察し、わずかに頷いた。

 

「フィオナ、エルディス」

アルヴェリオが再び声を上げる。

 

「この国の未来は、そなたたちにかかっている。……どうか、人の心を護れ」

「はっ」

 

二人は胸に拳を当てた。

 

謁見の間に、一瞬だけ静寂が訪れる。

だが、それは嵐の前の沈黙に過ぎなかった。

 

ルシアスは奥深い影を落とした瞳で、騎士団を見つめる。

 

「ラトールを落とせば、この国は戦乱に沈む。……だが、必ず守り抜く」

エルディスは槍の柄を強く握り締めた。

 

「金馬騎士団、命を賭して応えます」

外に出たとき、白い光が雲間を割って降り注いだ。

それは戦いの始まりを告げる、冷たい祝福の光だった。



ここまで読んでいただきありがとうございます。


明日も更新しますのでよろしくお願いします!


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