第46話 調査報告と決意
ギルドの大広間は、普段の喧騒とはまるで別世界のように静まり返っていた。
壁に飾られた古びた剣や盾が、わずかな灯りの中で冷たく光り、床の石畳は数多の冒険者の足音を吸い込んだかのように沈黙していた。
冒険者ギルドの上層部、そして数人の重鎮たちが一堂に会したこの場は、今や緊急の事態を告げる報告会の場となっている。
壇上に立つアランの姿は、いつもの無鉄砲な少年の面影はなく、鋭く引き締まった覚悟の色を帯びていた。
「失踪は、決して偶然ではありませんでした――」
アランの言葉は、張り詰めた空気を切り裂くように静かに、しかし力強く響いた。
「ヘルマン・グレイスは、魔力密造組織に命を狙われていたのです。彼が残した記録、そして我々が確認した証拠がそれを示しています。」
会議室の一角で、ヴィルマが険しい表情で静かに頷く。
彼女の瞳には、ただの知識以上のものが宿っていた。
「この“魔力密造”は、単なる錬金術の禁忌を超えた領域。人の魔力を奪い、人工的な魔力源を生み出す恐るべき技術です。制御を誤れば、取り返しのつかない惨事を招く。」
レオンが資料を広げ、淡々と続けた。
「我々の調査で、この密造組織は今も暗躍している可能性が高い。彼らは街の地下から魔力の流通網を作り出し、暴走を誘発しているようだ。市民が目にする暴走事故は氷山の一角に過ぎない。」
隣に立つリィナが小さく息をつきながら言葉を紡ぐ。
「街の灯りが勝手に爆ぜ、結界が暴走している。それは偶然ではない。魔力密造組織の計画は、既に街全体を巻き込んでいる。」
彼女の声には、かすかな震えが混じっていたが、決して揺らぐことはなかった。
ギルドの副長が立ち上がり、重々しい声で口を開く。
「事態は、我々の想定を遥かに超えている。正式にこの調査を討伐依頼に切り替え、対策本部を設置しましょう!」
彼の声には覚悟が満ちていたが、同時にその背後には不安の影も垣間見えた。
会場の空気は一層引き締まり、冒険者たちの視線がアランたちに集中する。
その中で、ヴィルマが低い声で警告した。
「この先は、命を失う覚悟が必要です。魔力密造組織は冷酷非情で、手段を選びません。君たちはもはや安全な領域にはいられない。」
ヴィルマの低い声が静まったところで、ギルドマスターのバズがゆっくりと立ち上がった。
その視線が、アランたちをひとりずつ射抜く。
「……話はすべて聞いた。お前たちの行動と報告は立派だ。危険を承知でここまで踏み込んだ覚悟もな。」
彼は大きな手で書類を束ね、机に置くと、その上に分厚い拳を置いた。
「だが、これはもはや一冒険者の手に余る案件だ。上層部に正式に議題として上げる。密造組織の討伐と、ヘルマンの救出も含めてな。」
その言葉に、室内の空気が一瞬張り詰めた。
「勝手な行動は許さない。いいか――これは命令だ。」
バズは重い声で告げる。
アランは歯を食いしばり、悔しさを隠せずに俯いた。
「……でも……」
「気持ちはわかる。俺も歯がゆい。だが今は動くときじゃない。」
バズは、彼が何度も見送ってきた若い冒険者たちの背中を思い出すように、深く息を吐いた。
「上位ランクのパーティに応援を要請する。お前らのように未熟な者だけで挑んだら、それこそ敵の思う壺だ。」
「けれど、黙って家に帰れと言うつもりはない。」
その視線が、アラン、レオン、リィナの順に重なった。
「報告と記録をまとめろ。調査は続ける。だが……本格的な行動の命令が下るまで待て。それが街を守る最善だ。」
リィナが小さく唇を噛む。
「……悔しいけど……わかったわ。」
レオンもゆっくり頷いた。
「確かに、今は準備が必要だ。」
バズはわずかに頬を緩め、しかしすぐにその顔を引き締めた。
「傷を癒やせ。心も体もだ。いつか必ず、お前らの力が必要になる。そのときが来るまで――待て。」
重い言葉が、ギルドの壁に深く沁み込むように響いた。
アランは拳を握り、悔しさを隠せないまま、それでも顔を上げた。
「……わかった。待つよ。でも……そのときは俺たちも必ず前に出る。」
月明かりが窓から差し込み、彼らの影を床に長く落とした。
それは、静かな誓いの影だった。




