第40話 幻灯祭の夜に
夜市の灯りは、まるで空に浮かぶ花のようだった。
月に一度だけ開かれる幻灯祭。
魔法の光が通りを飾り、色とりどりのランタンがゆらゆらと揺れている。
露店からは香ばしい焼き菓子の匂いと笑い声があふれていた。
だが、その日の錬金術師ギルドの訓練場で、少年は膝をついていた。
「……くそ……」
レオンの息は荒かった。指先が小刻みに震える。氷の魔法陣が制御を失い、空気に鋭い霜が走った。
「レオン、落ち着きなさい」
リリアの声は静かだった。
しかし、心の奥には焦りが渦巻いていた。
――弟の最後の姿が、脳裏を過った。
「僕は……できる、はずなんだ」
レオンは呻く。結界が軋む。周囲の魔力を無理やり取り込むように、氷の結晶が増殖していく。
「止めなさい、レオン!」
「……やめられない……!」
(だめ、このままだと――)
リリアは一歩踏み出す。だが、その瞳は揺れていた。
――あの夜と同じ。
氷が砕け散り、冷たい奔流が襲いかかる。リリアは胸に走る恐怖を噛み殺し、両手を広げた。
「《氷解の祈り》――!」
魔力が白い光になり、暴走の核を包む。氷の槍が砕け、吹雪が静まる。
レオンの身体が崩れ落ち、リリアの胸に倒れかかった。
「っ……リリアさん……?」
少年の頬に触れる指が、わずかに震えていた。彼の顔に、あまりにも似ていた――あの、弟の面影。
「……もう大丈夫。私がいるわ」
淡い月光が二人を照らすそんな時間になっていた。
しばらくして、幻夜祭に赴く2人
祭りの喧騒が遠くに消え、露店の灯りだけが柔らかく揺れていた。
「……すみません」
レオンは顔を伏せたまま、かすれ声を漏らした。
「僕は……早く認めてもらいたくて、強くならないといけなくて」
リリアは黙っていた。
「あなたにも……誰かの為にも」
胸の奥を抉られるようだった。
リリアはそっと目を閉じた。
「――どうして、私なの?」
「わからない。でも……リリアさんは、僕のことを出来損ないと決めつけないで、ちゃんと……見てくれるから」
リリアは息を呑んだ。
(あの子と、同じ……)
「あなたに認められたくて……でも、怖くて」
心が軋む。ずっと閉ざしてきた痛みが、冷たい裂け目から滲んでくる。
「……私も、同じよ」
「……え?」
「私も……大切な人に、追いついてほしかった。認めたかった」
白銀の髪が揺れた。灯りが、リリアの横顔を淡く照らした。
「だけど……もう無理をしないで。あなたは、あなたでいいの。」
「……」
レオンはゆっくり顔を上げた。
その瞳には、まだ幼さが残りながらも決意が混ざっていた。
遠くで、魔光のランタンが花のように咲いた。
淡い青が二人の間に降り注ぐ。
リリアは伸ばしかけた手を、一瞬ためらった。
だが、そっとレオンの頬に触れた。
「……ありがとう」
「……何に?」
「もう一度……こうして、誰かを救えたことに」
ランタンの光は、氷より優しかった。
それは、凍った心がわずかに解ける夜だった。




