第6話 獣の牙に試されて
〜ギルド鑑定員のリベルタス解説コーナー No.5:魔物個体講義・フェザーラ〜
「……“グロくない=安全”という認識も、そろそろ捨てていただきたいところですね。
では今回は、あなた方初心者がよく遭遇する低ランク魔物から一種、フェザーラについて解説します。ええ、あの“鶏”のようなものです。
■ フェザーラ(哺乳類型:鳥脚種に近い)
一見すると、少し大きめのひよこ。色とりどりの羽毛に丸い目。……可愛い? その判断、すでに間違っています。
フェザーラは優れた反応速度と鋭利な爪を持ち、動きは予測困難。さらに最も厄介なのは――
仲間を呼ぶ能力です。怒りや危機を感じると「激昂状態」に入り、付近の群れを一斉に呼び寄せます。
……その結果、単体戦が集団戦へと化けるのです。思い当たる初心者の死例、何件も記録があります。
「この程度の魔物でも、侮れば命を落とします。
逆に、理解すれば“美味しい素材提供者”でもある。知識の有無が明暗を分けるのは、いつものことです。
次回は……そうですね。スカラーハウンド。
牙と鎖の悪意を持つ、少しだけ“血の臭いがする”連中です。準備しておいてくださいね」
日差しがやわらかく草原を照らす中、アランは鼻歌まじりにヒールリーフを袋へと詰めていた。
「お、あそこにもありそうだな!」
隣でレオンが目を細める。
「……待て!そこは斜面だ。足を滑らせるぞ、慎重に――」
その忠告が終わるより早く、アランは駆け出していた。
「へっちゃらだって! ほら、見ろよ!ヒールリーフが――」
がさり、と草が揺れた。
同時に、色とりどりの羽を持つ鳥のようなモンスターが、茂みの中から飛び出してくる。
「なんだ!!? モンスターか――!」
鮮やかな羽根を持つその生き物――フェザーラは、警戒の鳴き声をあげてアランに飛びかかる。小柄ながらその跳躍は素早く、鋭い爪が陽光に閃いた。
「ちっ……!」
剣で受け止めようとしたアランの反応は一瞬遅れ、フェザーラはぴょんと身をひねって背後に回り込む。鋭いくちばしが脇腹を狙う――
「下がれ、アホ! 〈微細振動、凝結せよ――《貫穿針》」!」
レオンの詠唱とともに、鋭利な氷の針が空を裂いて飛ぶ。草原の空気が一瞬冷えた。
そのうちの一本がフェザーラの翼を貫いた。小さな体がもんどり打って地に落ち、動かなくなる。
「……っふー、間一髪だな」
「さすが、レオン!」
しかし、その静寂は長く続かなかった。
フェザーラが最後に放った甲高い鳴き声が、草原に響き渡る。
それに呼応するように、近くの茂みから、さらに四体のフェザーラが姿を現した。
「…くっ、やっぱり群れか。」
「囲まれるぞ、構えろ!」
二人は背中合わせに立ち、四方から迫る敵に備えた。
「俺が前を引きつける! 後ろは任せた!」
「了解。……無茶はするなよ、脳筋剣士」
アランが勢いよく飛び出し、剣を振るう。その一閃で一体のフェザーラを斬り伏せるが、残る三体が跳ねるように回り込んでくる。
「〈影の奥より、我が意を伸ばせ――《幽手招来》!」
レオンの低い声とともに、地面に黒い影の手が蠢き、一体のフェザーラの脚を掴む。動きを鈍らせたところに、アランの斬撃が追いつく。
「うおおおっ!」
さらにもう一体が舞い上がるが、残る二体は警戒心を見せて距離を取り、そのまま草むらの奥へと逃げていった。
「くぅーっ、逃げ足の早い奴らだな!」
「深追いは不要。目的は薬草だ。無駄な怪我はしたくない。」
アランが息を整えつつ剣を収めた、その時だった。
風の向こうから、重く湿った気配が近づいてくる。
それは茂みを押しのけ、威圧感と共に現れた。
「……なんだ、あれ」
灰色の体毛に覆われた、筋肉質な大型犬型モンスター。
全身からにじむ野性の凶暴さ。鋭く濁った双眸が、じりじりと二人を捕らえる。
唸りを上げる喉奥からは、牙がこぼれ落ちそうなほど剥き出しにされていた。
「……スカラーハウンドか」
アランが低く呟いた瞬間、獣の喉から唸るような声が漏れる。
“ガルルルル――”
空気が張り詰め、草の葉までもが静止したかのように感じられる。
「レオン、逃げるって選択肢は……?」
「ないな。すぐ追いつかれる。……あいつの脚は、お前より速い」
わかっていた答えに、アランは苦く息を吐く。だが、すぐに顔を上げた。
剣を握り直し、覚悟を込めて一歩、地を踏みしめる。
「だったら――やるしかねぇな! レオン、援護頼んだ!」
「……任された」
次の瞬間。スカラーハウンドが爆音のように地を蹴った。
空気を裂いて突進してくるその動きは、まさに弾丸。
「〈微細振動、凝結せよ――《貫穿針》!〉」
レオンの詠唱が鋭く響く。
放たれた氷の針が唸りを上げて飛び、獣の前脚を正確に貫いた。
わずかに軸を乱したその一瞬――アランが飛び込んだ。
「おおおおおっ!!」
斬撃が獣の肩を裂く。だが、スカラーハウンドは踏みとどまり、再び牙を剥いて襲いかかろうとする。
「――次で、決めるっ! レオン、もう一発!」
アランの声が荒く響く。汗と血に濡れた手で剣を構え直し、視線を敵に定める。
「〈凍てつく連鎖、逃れられぬ楔――《結縛連鎖》!〉」
レオンの詠唱とともに、冷気が地面を這い、光を帯びた鎖が一気に伸び上がる。
鋭い音を立てながら、スカラーハウンドの四肢をがんじがらめに拘束した。
獣が苦しげに身をよじるが、鎖はびくともせず動きを封じ込めている。
「――今だッ!」
アランが叫び、地を蹴って駆け込む。
全身に残る力を振り絞り、剣を真っ直ぐに振り下ろした。
肉が裂け、骨が砕け、血飛沫が舞った。
スカラーハウンドは、その場に崩れ落ちた。
「……ふぅ、なんとか倒せたな」
アランが剣を肩にかけ、息を吐きながら倒れたスカラーハウンドを見下ろす。
その目には疲れが浮かんでいるが、どこか満足げな表情が見える。
血のにじんだ手を無意識に擦りながら、アランはふっと笑みをこぼした。
「倒せた、じゃなくて――“ぎりぎりだった”の間違いだろ」
レオンが冷ややかな声で言う。その言葉に込められた意味をアランもよく理解している。
すでにあちこちで傷を負っているアランには、冷静にそう言わざるを得ない状況だったからだ。
「まあ、そうだな」
アランが口の端で苦笑する。だが、その笑みは無理にでも作ったものではない。
戦いの終息感に安堵し、少しの余裕を感じているのだ。
「でも、何とかなるもんだな」
アランは軽く肩をすくめ、あまり深く考えずにそう言った。
「お前のその感覚が、時々危なっかしいんだよ。次からはもう少し冷静に頼むぞ」
「わかってる、わかってる。……でも、こういうのも悪くないだろ?」
戦闘が終わった後の短い沈黙。
アランの目はどこか遠くを見つめていたが、そこに深刻さはなくワクワクした様子だった。
「これが……冒険か!」
「まだ始まったばかりだ。だが――少なくとも今、俺たちは悪くない連携を見せた」
アランはにっと笑い、レオンもわずかに口元を緩めた。
正反対の二人だが、その歩みは確かに一歩、重なり始めていた。
〜間話〜
タイトル:「モンスターより強敵」
(ギルド裏の倉庫前。ドラン、目を輝かせながら受付票を握りしめている)
ドラン「よっしゃー! これが俺の初依頼! 何だ!? 討伐か!? 護衛か!?」
(依頼表を見て)
ドラン「……“ギルド本部 大掃除”?」
(しばしの沈黙)
ドラン「た、戦略的後方支援ってやつだな! よし、全力でやるぜ!!」
(しばらくして。モップを両手に振り回しながら)
ドラン「くらえ! “狼牙・床磨き拳ッ!!”」
バキッ!
(モップが柱に当たって折れる)
リゼット(後方から)「修理費、あなたの報酬から引いとくわね」
ドラン「報酬、あったの!?」