表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
英雄を夢見た少年は、王国の敵になる ―リベルタス―  作者: REI
第2章 魔道具職人の街と仮面の組織 ラトール編

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

78/251

第38話 氷の記憶

錬金術師ギルドは、冒険者ギルドの喧騒が嘘のように静かだった。

研磨薬の匂いがほのかに残る廊下を進むと、奥の作業室の扉がわずかに開いている。

レオンはひとつ息を整えてから、そっと声をかけた。

 

「……リリアさん、いますか?」

 

ガラス瓶を整理していた白銀の髪の女性が、振り向いた。細い指が止まり、赤紫の瞳がゆるやかに彼を映す。いつもと同じ穏やかな微笑の奥に、どこか探るような視線が宿っている気がした。


「あら、遅かったじゃない。杖ならまだよ?」


リリアはいつも通り淡々とした声で言った。けれど、ほんのわずかに、どこか期待を含んだ調子だった。

この少年が、今日は何を求めてきたのか。彼女自身、その理由を確かめるのが怖いような、楽しみなような気がした。


「……いえ」


レオンは言葉を探すように視線を落とし、そして小さく息を吐いた。

胸の奥に巣食う焦りと、もう一歩近づきたいという衝動を、隠すことができなかった。


「……今日は、杖じゃなくて。魔法の稽古を……つけていただけませんか」


彼が顔を上げたとき、リリアの瞳がわずかに見開かれた。ふと零れる小さな息。

それは長い年月、氷のように封じてきたものが、一瞬だけ解けたような声音だった。


「……そう。いいわ」


冷たい風が、訓練場に吹き抜けていた。剣戟の音はなく、ただ氷の羽毛が舞う。

「魔力の流れを意識しなさい。……あなたの魔法は、まだ震えている」

「わかっている。……けど」

レオンは膝をついたまま、肩で息をしていた。白い霜が彼の髪に薄く降りる。

目の奥に、悔しさが宿っていた。

 

「力を抑えることばかり考えるから、制御が曖昧になる。……もっと、氷に触れるように意識して」

リリアの声は穏やかだが、どこか遠い。感情を切り離すように、淡々と響く。

「……感情を乗せるな、だろう」


「ええ。氷は感情に敏感。心が揺らげば、必ず魔力が乱れる」


「……」

レオンは視線を落とした。訓練場に残る氷の結晶が、かつて見た雪と重なる。


――あの日、仮面の人に救われたときも、同じ冷たさだった。

(けれど、あのときは……どこか、温かかった)

 

訓練は夜更けまで続いた。氷の結晶が薄く散る中、二人の影だけが長く伸びていた。

やがて、リリアが氷結細剣を収め、ふっと息を吐いた。


「……今日はここまで」


「……ありがとうございます」

言いながら立ち上がろうとしたレオンの腕に、リリアの白い手が触れた。


一瞬、彼女の表情がやわらいだ。

「無理をしなくていい。あなたは、まだ十五歳でしょう」

「……」

「焦らないで。力は、焦燥で膨らむものじゃない」

その声は、誰かを思い出すように柔らかかった。けれど、すぐにリリアは手を離し、背を向ける。

「……戻りましょう。体を冷やすと回復が遅くなるわ」

 

 

 

夜の酒場は、遅い客だけが残っていた。

火の落ちかけたランプが、ふたりを照らす。

「珍しいな。……あなたが酒を飲むなんて」

レオンが小さく笑う。


リリアは視線を外し、グラスを傾けた。

「氷酒よ。魔力の鎮静にいいの」

「……似合う」

「何が?」

「冷たいものが。けど――」

レオンは視線を落とす。

小さな声で続けた。

「本当は……あなた、冷たい人じゃないだろう」

沈黙が落ちた。

氷の結晶を溶かすように、息が白く溶ける。


「……思い上がらないで。私は――」

「……」

「……ただ、もう誰も守れないと……思ってるそれだけよ」


それきり、リリアは口を閉ざした。心のどこかに溶け残る痛みを、見せたくなかった。

その後も訓練は続き、レオンは着実に魔力の精度を高めていった。

けれど――

「……っ!」

突如、氷の陣が崩れた。空気が震え、視界が白く染まる。

「レオン――!」

(危ない!魔力が暴走してる!)

氷の陣は暴走を始め、触れたものを凍結させていく。

レオンの目は焦点を失い、凍てついた光に呑まれていた。


「くそ……止まれっ!」

(カッコ悪い姿見せてたまるか!)

指先が震え、魔力が溢れ出す。


抑えきれない感情――悔しさ、恐怖、焦燥――すべてが氷になって噴き出した。

リリアは迷わず、彼に駆け寄る。白銀の髪が舞い、氷結細剣が空を裂いた。

「――氷解の祈り」

澄んだ声が、夜を貫いた。青い光が彼の胸元を包み、熱が消えていく。


吹き荒ぶ冷気は、凪いだ海のように静まった。

「……っ、は……っ……」

レオンは膝に崩れ、息を切らす。

その肩に、そっと手が置かれた。

「……大丈夫?」

(まさか、この子も魔力暴走をするなんて)


いつかと同じ、冷たいのに温かい手。レオンは顔を上げた。

リリアの目が、ひどく優しい色を宿していた。


 「氷は……感情に敏感。だから、封じ込めるだけじゃだめなの」


 「……」


 「ちゃんと、認めてあげなさい。自分が……何を恐れているのか」


 「……あなたは……」


 「……私も、同じだから」

リリアはレオンの姿を大切な人と どこか、重ねてしまっていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ