第34話 古びた魔道具と
ラトールの骨董魔道具店夕暮れの赤い光が、通りに並ぶ古びた看板を一つひとつ照らし出していた。
石畳の路地に沈む影の中、ひときわ古びた木製の扉に、つや消しの真鍮板が打ち付けられている。
《魔導古器 カルドラム商会》
そんな看板を横目に、アランは無造作にドアを押し開けた。古い鈴が、乾いた澄んだ音を立てる。
「リィナ?入るなら先に言えよ。勝手に飛び込むから……」
「あっごめん。ちょっと気になるのが目に入って」
リィナはもう、彼の声をまともに聞いていなかった。
棚の奥――埃をかぶったガラスケース。
その片隅に、色褪せた革の留め具がついた小箱が並んでいた。
その箱を見た瞬間、彼女の表情からいつもの快活さが、そっと抜け落ちる。
「あれ……」
リィナの声は、ひどく小さかった。
肩幅ほどもない木の陳列棚に近づき、震える指先を伸ばす。
アランは首を傾げ、横から覗き込む。
「それ、何だ?」
「……あたしが……昔……」
ガラスの向こうに収まるのは、掌に収まるほどの銀色の円盤だった。
外縁を薄い魔法回路が囲み、中央には青い宝石のかけらがはめ込まれている。
今は亀裂が走り、灯るはずの光はどこにもなかった。
「わたしが子供の頃、唯一貰った魔道具だよ」
声が揺れる。
気づけば、リィナは唇を噛んでいた。
細身の体をかすかに震わせ、懐かしむように、それでいて胸を突かれるように。
「昔スラムに居た頃なんだけど。飢えてて、もう駄目かって思ってた時に、お兄ちゃんが……これをくれたんだ。『お守りだ』って。どんなに寂しくても、これがあれば一晩くらいは凌げるからって……」
アランは言葉を探したが、何も出てこなかった。
ただ、真剣な瞳で彼女を見ていた。
「これって直せるのかな。ジャンク品って書いてあるけど。」
「大切なもの、だったんだろ?直してみようぜ。」
その一言を、アランははっきりと言った。
リィナは目を瞬き、ゆっくり顔を向けた。
「どんなに古くてもガラクタじゃねぇ。――だから、やってみなきゃ、わかんねぇだろ」
彼はおなじみの無鉄砲な笑みを浮かべる。
ガラスケースに視線を戻し、店主を呼ぶべく手を挙げた。
「じいちゃん! これ、ちょっと見せてくれ! 直せるかどうか、試させてくれ!」
リィナの胸に、幼いころの冬の夜が蘇る。
暗闇の中、ひとつだけ小さな光をくれた人。
それと同じまっすぐな声が、今、彼女の隣にあった。
ガラスケース越しに見つめるリィナの指先は、どこか震えていた。
それを無言で見守っていた店主は、長い白髭を撫でながら渋い顔をする。
「それは、もうずいぶん前に壊れたもんだよ。修復しようとした職人も何人かいたが……芯の魔素核が割れてる。直すのは無理だ」
「そんな、無理って……」
リィナは唇を噛む。
アランが一歩前に出た。
「無理かどうかは試してみねぇと!俺らでどうにかできるかもしれない!」
「若いの、気持ちは分かるがな……こいつをいじっても、二度と光は戻らんさ」
店主の声は同情を含んでいたが、リィナは首を横に振った。
「これだけは……お願い。譲ってほしいんだ。……値段は、いくらでも払うから」
静かな、でも決意のこもった声だった。
やがて老人は深い溜息を吐き、棚の鍵を外す。
「……わかったよ。ガラクタだ、くれてやる。だがくれぐれも、無茶はするな。最近魔道具の暴発も増えてる。この店の評判にも関わるからな。」
夕闇が深まる中、二人は人通りの少なくなった通りを早足に進んでいた。
目指す先は、錬金術師ヴィルマの工房。低い木の扉に、小さな真鍮の看板が掲げられていた。
《ナリア錬金工房》
ノックの音が木材に鈍く響く。
「――開いてる。入れ」
奥から落ち着いた女の声が届いた。
部屋は思った以上に雑然としていた。
机の上には半分蒸発しかけた薬品瓶が並び、壁際には研磨機と魔力計測器が積み重なっている。
リィナは緊張した面持ちで、小箱を両手で抱えたまま歩を進めた。
「ヴィルマさん……お願いがあって来た。これ、直せるか見てほしいんだ」
錬金術師は長い髪を後ろで束ね、無表情に小箱を受け取った。
机の上に置き、ルーペを覗き込む。
「……古い投影用の簡易魔道具だな。核心部の魔素核が……ひどく割れている」
「やっぱり、無理かな……?」
リィナの声はかすかに震えていた。
ヴィルマは目を離さず、淡々と告げる。
「理論上は不可能ではないが、今は無理だ」
「えっ……?」
「見ての通り、手が離せない」
視線を向けると、奥の作業台で青白い火花を散らす大型装置が唸っている。
金属の円盤が回転し、幾つもの符文が淡く光を放っていた。
「明日の夜には落ち着く。だが、それまで待てないなら――自分で試すしかない」
そう言うと、ヴィルマは机の引き出しを開け、無造作に工具の束を押し出した。
ルーペ、細密ドライバー、魔力調整針、接合用の封蝋。
「必要なものは、ここに揃っている。説明は要るか?」
「……いい。自分でやってみます。」
リィナは一度だけ深く息を吐いた。
幼い頃、スラムで何度も拾った魔道具の修理。
失敗すれば命に関わるものばかりだった。
アランが工具を半分持ち、彼女の肩を叩いた。
「よし。宿に戻ろう。ここで邪魔するのも悪いしな」
「直るかわかんないんだよ?」
「言っただろ。やってみなきゃ分かんねぇって」
今度は、リィナも少しだけ笑った。
読んでいただきありがとうございます。
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