第33話 狼の獣人とハーフエルフの少女
その後アランとリィナは近くの定食屋にいた
昼時は、焼き立てのパンと煮込みの香りが店内に満ちていた。
窓際の席で、アランとリィナが遅い昼を取っていると、入口の扉が勢いよく開いた。
「兄貴ぃ! いるか?」
大きな声と共に、筋肉質の獣人 ―― ドランが入ってくる。
その後ろに、小柄な少女が気まずそうに俯いていた。
「……ドラン? お前、どうしてラトールまで来てるんだ?」
アランが驚いて立ち上がると、ドランは肩を竦めてみせる。
「こいつがどうしても兄貴に一言言いたいって言うからさ。ついでに魔導市ってやつも見たくてよ。」
「……ティナ?」
視線を向けられた少女――ティナは、少し唇を尖らせてから顔を上げた。琥珀色の瞳が、アランを真っ直ぐに見つめる。
「……その……麻薬事件の時……お世話になったみたいね。」
言葉がたどたどしくなる。
「私が倒れたのがきっかけで……面倒をかけたって聞いた。……だから、その……」
小さな声で一息に言うと、視線を逸らし、頬を赤く染める。
「……ごめん。」
(もう!わたしったら、お礼を言いにきたのに!)
アランはぽかんとして、それからゆるく笑った。
「いや……そんな、気にすることないよ。あのときはお互い様だったし。」
「ふーん……」
リィナが、にやにやとからかうようにアランの腕をつつく。
「やけに親しげじゃない? アラン、こういう可愛い子とどこで知り合ったの?」
ティナははっとして、リィナを睨む。
「……ねぇ、ちょっと。……この人、誰?」
リィナはわざとらしく肩を揺らして笑い、アランに寄りかかる。
「アランの――まあ、仲間ってとこかしら? 一緒に依頼を受けてるの。」
「仲間……」
ティナは頬をふくらませ、ちらりとアランを一瞥する。
「……ふん。……別に、どうでもいいけど。」
「はいはい、可愛い後輩ちゃんね。」
リィナは面白そうに笑いながら、湯気の立つスープをひと口すくった。
テーブルの上で、空気がくすぐったいように揺れていた。
「……で、いつまでいるんだ?」
アランはスプーンを置き、ティナの方へ視線を向ける。
「べ、別に……いつだっていいでしょ!」
ティナはそっぽを向いて、ふんと鼻を鳴らした。
「おいおい……」
隣でドランが肩を竦める。
「何だよ、急に棘のある言い方してさ。……一応、Fランクの昇級試験をこっちで受けたら帰る予定だ。」
「昇級試験か。」
アランが感心したように言うと、ティナはほんの少しだけ胸を張った。
「当たり前よ。いつまでも新人のままでいるつもりはないし。」
「……そういや、兄貴。」
ドランがニヤニヤと笑って肘でアランを小突く。
「訓練場を破壊したって噂、本当だったんだな? ラトールに着いたとたん、そっちの話ばかり耳に入るんだが。」
「っ……なんでそれを……!」
アランは赤くなり、俯いて頭を抱えた。
リィナが抑えきれない笑い声を上げる。
「そりゃあ、あれだけ派手にやれば街中の噂になるって。あんたも有名人ね。」
「や、やめてくれ……。」
アランが情けない声で呻くと、ティナは口元を手で覆いながらも、わずかに目を丸くした。
「…そんなに強いの?」
「違う! 勝手に暴走しただけだって!」
慌てるアランを見て、ドランは愉快そうに頷いた。
「ま、ちょうどいいだろ。せっかくだし腕試しでもしよーぜ。」
「…腕試し?」
「ギルドが明日主催するらしいぞ、新人向けの模擬戦。ランク別のトーナメント戦だ。」
リィナが興味深そうに言葉を引き取る。
「冒険者模擬戦……訓練日ってやつよ。出る気があるなら、受付で申し込んでおいたほうがいいわ。」
「ふーん……面白そうね。」
ティナはそっと視線を落とし、握った拳をテーブルの上に置いた。
「よし!参加してみるか!どうせ昇級試験を受けるなら、腕試しもしたかった所だ!」
アランはようやく顔を上げ、小さく笑った。
「ティナも、明日一緒に出ようぜ!」
「べ、別にあんたと組むとは言ってないけど……考えとく。」
朝の冷たい空気の中、訓練場の砂地に六人の新人冒険者が立っていた。
アラン、ドラン、ティナ、レオン――そしてラトール所属の二人の若者。
ギルド支部長バズの声が響く。
「これより、Gランク模擬戦を開始する! 一対一、手加減無用だが命だけは惜しめ!」
初戦――アランの相手は痩せた青年だった。
だが戦いが始まった瞬間、青年の剣は空を切るばかり。
アランの木剣が鋭く打ち込み、あっという間に相手は膝をついた。
「勝負あり!」
次はドランとレオン。
「いくぜ魔術師! 全力でいく!」
ドランが勇んで突っ込むが、レオンは冷静だった。
杖の先から放たれる魔力の波がドランの体勢を崩し、一撃の隙を突く。
ドランの木剣が無力に地を打った。
「レオン、勝ち!」
そしてティナの番。
「私だって……!」
だが相手の動きを見誤り、魔法が当たらない。
相手の逆撃を受け、あえなく倒れる。
悔しさに唇を噛み、ティナは立ち上がれなかった。
決勝戦――残る三人だったが、もう一人の若者は緊張と怪我で棄権を申し出る。
「す、すみません……無理です……」
自然と、アランとレオンの頂上決戦となった。
アランの額には汗が滲む。ここ最近の連戦の疲労と怪我が鈍く痛んだ。
一方、レオンもわずかに息を荒げていた。
(この杖……やっぱりしっくりこない……)
彼の手にあるのは借り物の簡素な杖だ。本調子とは言えなかった。
「……アラン、手加減はしない。」
(初めてだな、こいつとの模擬戦)
「俺も本気で行くぞ!」
(レオンのやつ、借り物の杖であそこまでやるとは)
木剣と杖が、砂煙を巻き上げて交錯する。アランの突進を、レオンの魔力の防壁が受け止める。
だが次の瞬間、アランが低く踏み込み、鋭い一撃を繰り出した。
レオンは杖を引いて受け止めるが、その衝撃に足が砂を滑らせる。
「はっ……!」
(このままでは部が悪い)
レオンの掌から魔力が弾け、アランの脇を小さな氷の針がかすめる。
アランは間一髪でかわし、木剣を逆手に構え直す。
――その瞬間。
「やめい!」
バズの怒声が響き、二人の間に割って入った。
バズの巨大な体が、二人を押し分けるように立ちはだかる。
「これ以上は模擬戦の域を越える! 二人とも、よくやった!」
アランもレオンも、肩で息をしながら武器を下ろした。
砂塵の中、互いの視線が交わる。そこには確かな敬意が宿っていた。
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